GW最後の日、俺たち陸上競技部は、記録会のために西涼競技場に来ていた。
この記録会は有志によって定期的に開催されている競技会だ。
顧問が言うことには、公式記録とはならないが、夏までの目標を建てるための現状確認をするために参加するそうだ。
いわば、夏の大会の前哨戦となる競技会だ。
「緊張してる?」
さわやか先輩が俺たち初競技会組に声をかけてくれる。
ちなみに"さわやか先輩"は俺の中だけの呼び方で、皆は"羽田くん"か"涼くん"のどちらかで呼んでる。
俺たちは各々うなずく。
初めての大会。いつもと違う環境で記録を測定する。緊張しないわけがない。
さわやか先輩はみんなが緊張しているのを確認した後、少しだけ考え込んで、笑顔でこうアドバイスした。
「緊張しても記録が伸びることはまあないから、がんば!」
どうやらさわやか先輩は、緊張とは無縁のようだ。
逆に、熱血先輩はさわやか先輩の肩をつかんで後ろで縮こまっている。
"熱血先輩"も俺の中だけの呼び方だ。"東さん"とか"令ちゃん"と呼ばれている。
東さんは大丈夫ですか?とさわやか先輩に尋ねる。
「令ちゃんは前から緊張しいだからね。競技場についてすぐはこんな感じだからいつも通りだよ」
なるほど。なら大丈夫か。さわやか先輩が熱血先輩の背中を拳でたたいているのもいつもの流れか。
さわやか先輩はかなり強くたたかれている気がするが、叩かれている本人はたいしたことじゃないようにニコニコしている。
本当にいつものことらしく、先輩たちは熱血先輩のことを一向に気にせずに待機場所の設営をしている。
俺も先輩たちに倣い、気にせずに設営を手伝うことにする。
先輩たちは自身の専門種目と100mにエントリーしている。
1年生は大会の流れに慣れるために、なるべく多くの種目に出場するように言われたため、全員が100mと200mにはエントリーしている。
それに加えて、これから専門にしていきたい種目に出たほうが良いということで、俺は100m、200m、800mと1500mの計4種目にエントリーした。
長距離走に出たこともある先輩のアドバイスをもらいながら、ウォーミングアップを進める。
音が普段より大きく聞こえる。人の足音、しゃべり声、アナウンスの放送。どれもが耳に刺さる。
大きな音が混ざり合う場所は苦手だ。しかし、それだけではない。やはり緊張しているのだ。
靴ひもはちゃんと結べているかとか、普段は全く気にならないようなことが気になって仕方がない。
緊張すると同時に初めて競い合う相手を想像しつつ、どのようにして戦っていくことになるのかを考える。
無名の新人が突然すごい記録を打ち立てる。そういう物語が俺は好きだし、その物語の主人公になれる可能性を秘めた記録会とも言えなくもない。
そうだ。ここから俺の輝かしい物語が始まるのだ。
そう思い込み、スタートへの集中力を高めていく。
たるんだ空気を吐き出し、競技場の空気を吸い込みながら、俺は身体を温めるために動いた。
俺の結果は、自分で思っていたよりも良くなかった。
いや、この現状は「思っていたよりも良くない」では、表現として不適切だろう。
間違いなく「惨敗」である。
どの種目も順位は下から数えたほうが速い。
ある程度の自信を持って挑んだ1500mも、第四組の20人中17位、エントリー全体で82人中77位という結果になった。
自分の記録だけではなく、上位のほうの記録も確認する。
今回の俺の記録は6:32.34で、一番早い人は4:31.11を記録している。
比較すれば、現時点で上の人間とは2分以上の差をつけられている。
2分という時間は、普段の練習基準で考えると400m差になる。
つまり俺は、この広い競技場で周回遅れを食らっていることになる。
同じ中学生のはずなのに、どうしてここまで差が開くのかと愕然とする。
俺はもう一度、自分自身の実力と自分より上にいる名前をじっくりと眺める。
自分の現状は頭では理解している。陸上競技始めたての長距離ランナー。
しかし、自分の真の実力はこんなものではないという反骨精神のようなものが湧き上がってくる。
これから倒すべき相手たちの名前をにらみつけ、競技場を後にした。
初めての記録会:6:32.34