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第3話:跳躍・投擲の体験

「短距離もいいけど、跳躍もやってみない?」


男先輩はそう言って俺の肩をつかみ、砂場のほうに俺を押していく。

この人は優しい人かと思ったが、押しの強い一面もあるのか。


砂場の近くに到着すると、先輩の解説が始まる。


「砂場でする跳躍種目は走り幅跳びと三段跳びがあるけど、僕は走り幅跳びが好きだよ。一回やって見せるね。」


そう言って先輩は砂場を掘り起こし均す。

素早く丁寧な動作は、ただの準備でもずっと見ていられる気がする。


「跳躍種目のコツは踏切と空中姿勢だから、そこに注目しながら見てて」


そう言って先輩は助走の距離を確保するために向こう側へ走っていく。

俺は立ち位置がわからず砂場の隣でとりあえず立っておく。


「行きまーす」


そう言って先輩は向こう側から走ってくる。


最初は高く放り投げたボールが地面ではねるようなゆったりとしたリズムの走りだったのが、砂場に近づいてくるにつれて加速していく。

加速を維持したまま、砂場手前の線の箇所で先輩は踏み切る。

軽そうな踏切とは裏腹に高く上がった体が俺の目の前を通り、砂場の土を巻き上げながら着地した。


助走から踏切、着地までの一連の流れをあまりにスムーズに行うので、翼が生えているのではないかと錯覚してしまう。

俺はこの競技のことはあまりわからないけれど、もしかしてこの先輩はすごいんじゃないかと漠然と思った。


「どう?やってみる?」


先輩の勧めもあるため一度は試してみようと思い、自分でもやってみる。

先輩からのアドバイスをもらいながらも、目の前で完成形のような跳躍を見せられたショックと、

自分のイメージと現実の違いから、何度繰り返してもしっくりくることはなかった。


先輩に投擲種目も試してみたいと言ってみたところ、投擲はもっとふさわしい人がいるよと教えてくれた。

そしてさわやか先輩に教えてもらった人に声をかける。


「今日は仮入部期間始まりの日か…三年の部長山田です…よろしく…」


さわやか先輩が教えてくれた投擲種目が得意な先輩は、熱血先輩とさわやか先輩とは異なり、

服の上からでも筋力を鍛えていることがわかるほどゴツい先輩だった。


しかし、体の大きさと筋力といった見た目とは正反対で、さわやか先輩よりも押しに向いていないような雰囲気の先輩だ。


「体験なら…ジャベリンスローでもやってみようか…」


そう言って先輩が渡してくれたのはロケットのような形をしたプラスチックのものだ。


基本的な握る箇所と投げ方の基本をレクチャーしてもらった後、先輩は俺の向かい側に歩いていく。


「まっすぐ投げるのも難しいから、まずは短めの距離で軽く投げ合いしてみようね…」


10mちょっと先から俺の右足元に先輩は投げてくる。

俺は落ちたジャベリンを拾い上げ、それを先輩のほうに投げ返そうとする。


俺の投げたジャベリンはフリスビーのようにぐるぐると回りながら先輩のはるか手前に落ちた。


先輩はロケットのようにきれいに投げてくるのにたいして、俺の投げるジャベリンは風を受けてぐるぐると回る。


投げ方を細かく修正して、徐々にまっすぐ飛ぶようになってくると、少しづつ距離を伸ばしていく。


「気が向いたら、ほかの投擲種目もやってみたら面白いと思うよ…」


そう言って先輩は俺に期待の言葉をかけてくれた。

俺は先輩にお礼を言って、別の種目の先輩のところに行く。


と、ここまでで気づいたことがある。

陸上競技と言えば、短距離走、跳躍、投擲以外にまだ種目がある。長距離走だ。

ところが長距離走が練習しているのを今日は見ていない。どういうことだろう。

別の場所で練習しているのか?


1年生は下校の号令がかかったので、疑問を抱えたままではあるが今日は付き合ってくれた先輩方にお礼を言って下校する。


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