シノーボにはリベルタが見たことも聞いたこともない様々な道具があった。特に興味を引かれたのが、紙で作られたものの数々だ。
言うまでもなく、紙は植物を原料としている。砂漠だらけのこの星で、そんなに大量の紙を作れるほどの植物を確保している国は他にない。真似しようにも、植物を敵視するカエリテッラの妨害にあったりするのだ。シノーボの特異性がこの文化に現れている。
「紙製品が気になるでござるか。我が国の誇る製紙技術は遺構『
リベルタが商品を興味深そうに見ていた雑貨屋で、初老の男性店主が得意げに話しかけてきた。
「植物の種が発掘されるからじゃないのか?」
隣で聞いたジャンが、純粋な疑問として尋ねた。すると店主は大袈裟に手を振って否定し、更なる説明を始めた。
「植物の種は、どこの遺構からも発掘されるのでござる。大切なのは、それを育てるための水と土。農業プラントに頼らず大量の木を育てるにはそれだけ大量の水がいり、パルプを紙にするにもまた水を使う。とにかく膨大な量の水を必要とするのでござるよ」
店主の説明を興味深そうに聞いていた二人だったが、話が終わるとジャンが残念そうな顔をする。
「それじゃあ、PECを他の国で使うのは難しいか」
ジャンは金持ちだけが使うインフォルモという金貨の存在が気に入らなかったが、オーロのような電子情報だけの通貨では不安という彼等の言い分に対抗する術を見つけられずにいた。その点、植物を育てれば材料が手に入る紙で作られたPECが通貨として機能し、更に電子通貨と交換してオーロと変わらない使い方までできるシノーボの経済は理想的に感じたのだ。これを全世界統一の通貨にすれば、貴重な
「そういえばオーロは金でインフォルモは情報って意味だって聞いたけど、そのペクってのはどういう意味でござる?」
リベルタが店主に聞くと、笑顔でまた説明を始める。話好きの店主は旅人が来店するのをいつも待っているのだろう。
「我々人類が空の彼方にある地球という星からやってきたことは知っておろう? その地球で〝お
「意味も完璧じゃないか! ああ、どうにかして世界通貨にできないか……」
ジャンがそう言いながら腕輪から空中に画面を出し、自分の財布に入っているオーロの額を睨みつける。
と、その時だった。
「あれ、なんか表示おかしくない?」
横から画面を覗いていたリベルタ(他人の所持金を覗くのは良くないことだ)が、表示されている文字が崩れていくのに気付いた。
最初は画面にノイズが混じるような変化だったが、次第に画面全体に広がっていき、数秒後には画面が消えて腕輪が反応しなくなってしまった。すぐにリベルタや店主も自分の腕輪を操作するが、どれも動かない。
「これは……まさかシステムがダウンしたのか!?」
彼等の使っている全世界ネットワークは、『オベリスク』という特別なアーティファクトによって管理されており、その仕組みを知るものは現代の人類には存在しない。ただ、誰もが生まれた時から当たり前に存在していたので〝そういうもの〟だとして深く考えずに利用していたのだ。
当然、この瞬間より世界中が混乱の渦に巻き込まれることになる。
ありとあらゆる取引をネットワークで行っていた。
離れた場所にいる相手と連絡を取るのもネットワーク経由だった。
如何なる情報を得るのもネットワークからだ。報道も、現在時間を知ることすら。
全ての人間が、突然目隠しをされ、知り合いと隔離され、財産を奪われたようなものだ。パニックを起こさない方がおかしい。
「どどど、どうしよう!?」
「こんな事態は過去数百年に渡って発生していないしな……勝手に直ってくれればいいんだが」
戸惑う二人だったが、店主は落ち着いた様子だ。
「ふむ、シノーボではこんなこともあろうかと腕輪に頼らない連絡手段や生産活動を研究しておるので心配は無用でござる。まずはお二方のアルマの様子を見に行ってはいかがか?」
「そうだ、あいつらがどうなってるのか見に行こう! ありがとうございます」
二人は店主に礼を言い、駐機場に向かった。道中もシノーボの人間はパニックを起こすこともなく道端で何やら火を起こしたりしながら楽しそうに談笑している。そんな光景が強い安心感をもたらし、かなり気持ちが落ち着いてきた。
『お二人とも、精神は安定しているようですね。安心しました』
駐機場で待っていた二機のアルマは、ネットワークのトラブルにも影響されていない様子で二人をそれぞれの操縦席に乗せた。指向性通信はネットワークを利用しないので使えるという。
『世界の状況を確認したいところですけどね、オベリスクと接続できないのでレーダーで把握できる範囲内しか分からないんですよ。シノーボはすぐに非ネットワークのシステムを開設しましたね。備えあれば憂い無しとはこのことですが、他の国はそうもいかないでしょう』
「ネットワークは直るのか?」
こんな事態は想定もしていなかったジャンがロキに尋ねる。それに答えたのはフレスヴェルグだ。
『どうやら、何者かがオベリスク達に干渉したようです。犯人を排除してやれば、おそらくオベリスク達が勝手に復旧を始めるでしょうが……』
言葉を濁すフレスヴェルグに二人が怪訝な顔をすると、ロキが言葉を引き継いだ。
『オベリスクはこの星の各地に設置されていますが、それらを狙って同時にハッキングした連中がいます。そしてオベリスクの位置を把握している人間は現代には存在しません』
「えっ、じゃあ誰がどうやって?」
説明から状況が掴めず、どういうことなのかと重ねて尋ねるリベルタに、フレスヴェルグが重い口調で答えた。
『……つまり、〝犯人〟は原生植物です。おそらく、千年単位でこの事態を引き起こすための準備をしてきています』