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クラーラの町

 クラーラの町は砂漠のオアシスに作られている。地下に生産プラントを設置すればどこでも生活できるとはいえ、やはり人間は水の近くで暮らしたいのだ。水の近くで暮らしたいのは人間だけではないのだが。


「オアシス……植物は生えているでしょうか」


 クラーラの概要をナンディのモニタで確認し、最初に抱いた感想は植物がありそうというものだった。大天回教の中で育ったミスティカには、やはり植物を忌避する意識が染みついている。存在していい植物は地球から持ち込まれた農作物だけだ。無害だと分かっているサボテン類ですら、大天回教徒は自分の近くに置いておかない。


「水場に植物がないわけはないですね。人が暮らしているのだから危険はないのでしょう」


 自分は大天回教を盲信することをやめたのだ。積極的に〝教えの嘘〟を暴いていかなくては、と思い直した。そもそも現代の世界において、人間が暮らす町の多くに植物が存在している。徹底的に排除しているのは大聖堂のある首都ぐらいのものだ。その植物も、大半が地球から持ち込まれた植物か、最近になって誕生した人間と共生する種ばかりなのだ。世の中には大天回教の教えにあるところの『悪魔の樹木』である原生植物を増やして星にかつての姿を取り戻させようとする者もいるが。


 何はともあれ、変わり映えのしない砂漠を走り続けるより何か刺激が欲しい。地平線に見えてきた町を目指して速度を上げるミスティカだった。


「ようこそいらっしゃいました、聖教徒様!」


 町に近づくと、こちらの姿に気付いた町の住民達が町の入口に集まって出迎えの態勢になっていた。ナンディは目立つからな、と内心苦笑しつつも町に入ると、歓迎の声に包まれる。


「おお、これが聖獣ナンディ……なんと神々しい」


「聖獣?」


 自分の愛機はずいぶんと有名なアルマだったらしい。そんなものをスクラップにしようとしていたのかと大天回教の横暴に呆れたが、よくよく話を聞いてみるとそうではないらしい。


「ええ、実戦に出るなりあの『スコーピオン』を三機も蹴散らしたではないですか。今や世界中で話題になっていますよ」


 人懐こい笑みを浮かべる男性がそう言って腕輪型の携帯端末から空中にモニタを浮かび上がらせると、配信されたニュース映像を見せてきた。そこにはナンディがサソリ達を破壊する様子が鮮明に映し出されている。舞い上がる砂塵も高精度カメラを阻害することはないようだ。いつの間にそんな映像を撮られていたのかと驚くが、いつも目にするニュース映像もそんなものだったことを思い出す。砂漠の至る所をうろついている情報収集オペラが撮影しているのだろう。


「そういうことでしたか。砂漠のサソリは人間社会に害をなす存在だそうですね」


「それはもう! 砂漠に暮らす民は皆あいつらを恨んでいます。でも機兵団ですら一対一では『スコーピオン』にやられてしまうほど強いですから、一般人は逃げまどうことしかできません」


「機兵団が? ……そうなんですね、それは大変なことです」


 背筋が寒くなった。ナンディは一対三でサソリを一方的に蹴散らしたのだ。自分はあれが騙りだと分かっているが、世間はそう見ない。機兵団とやりあうような強者を蹴散らしたと思われてしまうのは、単に目立つというだけではない不利益を生むだろう。だが、訂正しようにも何一つ証拠がないのだ。真実を語ったとしても一風変わった謙遜だと思われてしまうだけだ。


 こうなってしまったからには、強者として振舞い極力戦闘を避けるより他にない。もとより無用な戦いは望んでいないのだから、行動が変わるわけではないが。


「私はこの歳まで大聖堂から出たことがなくて……この町は水場があるのですね、どのような植物が生えているのでしょう」


 多少強引に話題を変える。自分にとっては勘違いの武勇伝なんかよりずっと大事な話だ。すると男の顔がにわかに曇った。


「植物ですか……聖教徒様には好ましくないことでしょうが、私どもは日々の生活をオアシスの恵みに支えられて生きておりまして」


「ああ、別に責める意図はありません。私の旅の目的に、害のない植物を調べることがあるのです。首都には植物が生えていないけれど、ほとんどの町には何らかの植物が生えているのでしょう?」


 やはりいきなり話題を変えるのは強引すぎたか、大天回教の宣教師が植物について尋ねるというのは、教義に従って全てを処分しろと詰め寄るようなものだ。慌てて責める意図は無いと説明すると、曇っていた男の顔がパッと明るくなった。


「ああ、そうでしたか! 安心しました。聖教徒様は教義を守るだけでなく、人々の暮らしまで考えてくださっているのですね。それでは詳しい者をご紹介します。ナターシャ、聖教徒様にオアシスを案内して差し上げろ」


「はい、聖教徒様こちらへどうぞ」


 なんとか話の流れを変えることに成功し、紹介してもらった女性にオアシスの植物を見せてもらうことになった。ナターシャという女性は見たところ自分よりいくらか若いようだが、詳しいということはオアシスの管理を任されているのだろうか。


 案内されたオアシスは、底が見えるほど澄んだ水で満たされていた。水底は藻に覆われた石がごろごろと転がっていて、その隙間から水が湧いて出てきている。水辺には背の低い草がびっしりと生えていて、ところどころに背丈の高い樹木がある。思った以上に植物ばかりの場所で、反射的に恐怖を感じてしまった。水を求めてやってきたのだろう、小型のプアリム達が遊んでいるのも見える。自分の中の常識が一瞬で打ち砕かれたように思われた。


「プアリムがいますね。害はないのですか?」


「ええ、あの子達は人間を襲いませんので」


 ナターシャは穏やかな笑顔を見せて草の上を歩き、プアリムの近くに寄っていく。その名の通り足の貧弱なトカゲ達は、蛇のように身体をくねらせてナターシャから離れていくと、少し先でまた遊びだした。お互いに警戒心が感じられない。ずいぶんと慣れ親しんだ生活をしているのだろう。


「プアリム(貧弱な足)は砂魚さぎょの一種ですが、そのプアリムにも様々な種類がいます。人を襲う大型のプアリムはビッグ・ジョー(大きな顎)と呼ばれ、害のないプアリムはリトルマウス(小さい口)と呼ばれます。生物学者はもっと正確な分類をするのでしょうが、我々にとっては敵か、そうでないかだけが重要なのです」


 なるほど、理にかなっている。生活するうえで動物の細かい種類なんてさしたる意味を持たないのだから、自分達に必要な分類をすればそれでいいのだ。


 ナターシャにつられて草の上に足を踏み出した瞬間、ミスティカの身体が妙な寒気に襲われた、草を踏んだ足から身体を伝って奇妙な振動を感じたのだ。まるで警告しているような。


――そいつら、人間を敵だと思っているよ。


 また、誰かの声が聞こえたように感じる。足の下にいる小さな生命の群れが、自分を憎んでいるのではないかと恐怖する。驚いて後退あとずさるミスティカを見たナターシャが、聖教徒様にはちょっと刺激が強すぎましたねと悪戯っぽく笑った。


 ミスティカは自他ともに認める箱入り娘だ。大聖堂の中しか知らずに生きてきた。だから、この奇妙な感覚も未知への恐怖なのだろうと深く考えずに片付けるのだった。

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