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砂塵の鉄機兵
寿甘
SF宇宙
2024年08月13日
公開日
120,822文字
連載中
人間は逞しい生き物だ。
どんな環境においても自分達の生きる道を見つけてしまう。
そう、地球から何千光年も離れたこの星においても。
砂漠ばかりの星で、人々はいつの日か宇宙の先にある故郷へ帰ることを願いながら、今日の食事になんとかありついている。希望を捨てなければ、過酷な環境でも生きていけるのだ。
そんな人々が織りなす様々なドラマを、収集する者がいる。
その目的は、人の手によって作り出されたあるモノに、人間の感情を学習させること。

私の敬愛するご主人様

 薄暗い部屋の中から、熱のこもった吐息の音が聞こえてくる。


「はぁっ、はぁっ、うっ……ふぅー」


 大きく息をつく音。激しく身体を打ちつける音も止まった。そろそろ私の出番だ。


「さすがに連日では出せる量も少なくなるか。あまり期待はできないが、まあいい。■■■■■■■、こいつを培養槽に入れておけ」


 私はご主人様の言いつけに従い、ベッドの上に横たわるヒト型の〝それ〟を運んでいく。この作業が終わったら寝室の清掃をしなければ。まるで気が乗らないけど、それが私の仕事だから仕方がない。


 こいつらはまるでヒトのような形をしているから、ヒトとの間に子を成せるのではないか。ただそれだけの思い付きでこの十数日間、ご主人様が毎日繰り返しているお遊びの後片付けをさせられている。どうにもこうにも、うんざりだ。


 肌を傷つけないよう、重心の位置を持ち上げて運ぶ。確かな温もりがある。本当に不思議なことだ。こいつらは生物学上、植物であるはずなのに。


 どいつもこいつも人間の女性、それも整った容姿と理想的な体型を持った裸の成人女性の姿をしている。理由は明白、人間の男性を誘い込むための疑似餌だ。地球の海の底でチョウチンアンコウとかいう魚が餌をおびき寄せるために頭から生やしていたという、あれ。


 そんなものが人間と生殖できるわけがないでしょう、と言いたい。でもご主人様は探究の徒であるからして、試してもいないのに決めつけるなんてことを受け入れるはずもないわけであります。


 ただ自分の劣情をぶつけているだけであれば、嫉妬の一つもしようというものですが。残念なことに、ご主人様はどこまでも〝純粋〟でありまして。本当に単なる知的好奇心から行っている営みなので、このやり場のない感情をどうしてくれましょうか。


 この殺意にあふれた天然素材100%のダッチワイフを、よく分からない液体で満たされた容れ物へドボン。培養槽というけど、ここから本体が生えてきたら大変なことだ。そうならないように生かさず殺さず、ご丁寧に本物と見紛うばかりに再現された女性器の中に注入されたアレが役目を果たせるように維持するのがこのよく分からない液体の役目。ご苦労様です。培養液に感情はないと思うけど。たぶん。きっと。


 さてさて、厄介者には蓋をしたし、今度はお部屋の掃除をしましょうね、と無駄にポジティブな感じで次の仕事へ向かう。無理矢理にでも気持ちをアゲてやらないと、自分は何をやっているんだろうと虚しくなってしまうから。


「■■■■■■■、部屋の片付けが終わったらラボに来い」


 まだ部屋にいたご主人様。どうやら私を待っていたようで。ラボということは、本命の研究を進めるつもりなのでしょう。やっとこの不毛な作業も終わりですか。部屋の片付けをさっさと済ませて、ラボに向かおう。


 寝室からラボまでは、中庭を通っていかなくてはならない。通路を抜け、頑丈な扉を開くと、そこには一面の緑、緑、緑……この星に生息する、ありとあらゆる植物を集めた植物園だ。中庭と言ったけど、相当な広さがある。いにしえの言葉で表現すれば、東京ドーム十個分。具体的な面積で言えば、五十万平方メートル。これまた古代の地球にあった東京ディズニーランドなる施設と同じぐらいだ。あっちは五十一万平方メートルだからちょっと負けてるけど。もはや資料でしかその存在を知ることのできなくなった施設と広さを張り合う意味もわからないけど、なぜだか比較をしたくなる。


 ラボに着くと、入口が自動的に開いた。外壁は透明なガラスのように見えるけど、実際は炭素が結合した結晶でできている。平たく言えば、ダイヤモンド製の壁だ。もちろん人工ダイヤモンド。ご主人様がせっせと合成して作り上げた自慢の建築物である。なんでも作らないと気が済まないヒトなので、この中でもとっておきのものを作っている。そんなラボも内部までは流石に見えない。間に強化コンクリートの壁がある。強度は隕石が直撃しても壊れないくらい。つまり物凄く硬い。


 なぜそんなに頑丈なのかというと、それぐらいしないとこの中で作っているモノが暴れたりした時にこの研究所が破壊されてしまうから。


「来たか。見ろ■■■■■■■、やっと『器』が活動を始めた」


 ここにもさっきの培養槽みたいなのがあるのだけど、あちらより数倍は大きい。強さを求めると大きくなってしまうのは難点だ。こっちには液体は無くて、代わりに沢山のケーブルが『器』に繋がっている。


 そもそもなぜ強さを求めるのか。それもご主人様の知的好奇心というか、オトコのコなら誰でも一度は夢見る〝最強〟ってやつをそのまま純粋に求めてしまったというわけでして。


 とにかくあらゆるモノから強さに繋がる要素を抜き出して、しっちゃかめっちゃかに組み立てたデタラメな存在。でもそれが、確かに今、顔を上げてこちらに目を向けた。単に最強を目指すだけなら人型である必要はないと思うのだけど、こいつはしっかりと人型だ。その大きな顔の中ほどにある双眸が、鈍く赤い光をたたえてこちらに向いている。


「だが、『器』はそれだけでは意味がない。今のこいつには心がない。空っぽだ。この身体に心が備わった時、この世を統べる神が誕生するというわけだ」


 生まれたばかりで感情豊かでも怖いのだけど、そういうことではなく別途精神活動をする能力を付与してやらないといけないようで。まったく手のかかる神様だこと。ところで今、この世を統べるって言いました? セカイセーフクというやつですか。ご主人様はどこまでも幼少期の純粋な気持ちを忘れることなく生きておられますね。


「■■■■■■■よ、この研究所を出て世界を巡り、心を作るための材料を集めてくるのだ」


 なるほど、これは大掛かりな仕事ですね。いったい何を集めてくればいいのか分かりませんが、間違いなく情事の後の部屋清掃よりはずっとやりがいのある仕事でしょう。


「材料は、人の感情。それが強く表出された出来事の映像記録を集めてくるのだ。この星の大気圏内であれば、どこからでもデータはお前から『器』へと転送される」


 なるほど、多くの感情を学習させることで心を生み出すというわけですね。この神様とやら、ご主人様によって作られたものである以上、心を生み出すために行うのは感情の学習ということか。


「神に人間のような感情などは不要だが、自分の力で動いてもらわねば困る。私が作りたいのは自分の思い通りに動く人形ではないからな」


 それはそれは、なんとも難儀な欲求を持っておられますね。それでこそ私の敬愛するご主人様ではありますが。


 私は了解のシグナルを送ると、研究所を飛び出した。周辺には多くの植物が生い茂っているけど、ここは人間にとっては危険極まりない場所らしい。だから人間は砂漠地帯に暮らしている。そんな危険も、私にとっては無いようなもので。空を飛んで一直線に人間の生活圏へと向かっていく。


 さて、どこから探しましょうか。人間の強い感情が観測できる場所と言えば、戦場、病院、酒場に結婚式場、それとも莫大な財宝の眠る古代の遺跡とか?


 ひとまず私は、この星で最も多くの人が住む町を目指した。


――ステルスモード開始。光学迷彩、起動。

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