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第19話

「!」


おにぎりを口にし、一口飲み込んだ途端に青年の動きがピタリと止まる。


どうしたのだろう? まさか口に合わなかったのだろうか? 

それとも料理長のレイミーが塩と砂糖をまちがえて、おにぎりを握ったのだろうか? それであまりのまずさに固まってしまった……?


そんな馬鹿なと思いつつ、慌てて彼に声をかけた。


「あの! ちょっと、大丈夫ですか!?」


すると……。


「美味しい!!」


「え?」


「何だ? これは……美味しい! 美味しすぎる! 見た目はシンプルで、単なる手抜き料理にしか見えない代物なのに……この素朴な味わいがこんなに美味しいなんて、ありえない! 見た目に騙されてしまうとは……まるで詐欺のようだ!」


そして、一心不乱におにぎりを食べている。


「あ〜そうですか……それは良かったですね……」


まるで褒め言葉に思えない台詞を口にしながら、美味しそうにおにぎりを食べる青年。

まぁ、喜んで食べてくれているみたいだから……良しとしよう。



「あ〜……美味しかった……」


おにぎりを食べ終えた青年は満足そうに空を眺め、次に視線をこちらヘ向けた。


「あのさ……」


「はい、何でしょう?」


「今の……何だっけ?」


「おにぎりのことですか?」


「そう、おにぎりだよ。……もっと無いかな?」


「はぁ!?」


予想もしていなかった言葉を耳にし、思わず大きな声をあげてしまった。


「な、無いですよ!」


冗談じゃない。残りのおにぎりは後一つ。これは私のもの。何としても守りぬかなければ。


「そうかな〜。さっきバスケットの蓋を開けた時、もう一つ、おにぎりが見えた気がしたんだがな……」


「だ、だったら何だって言うんです? これは私のですからね!? 誰にもあげませんから!」


何しろ私がこの世界に持ち込んだお米は僅か1kg程。多分、後残り3合ほどしかご飯を炊くことは出来ないだろう。


「……どうしたら譲ってくれる? そうだ! 確か君は『ボッチ』だったよな? 俺が友達になってあげよう。だからそのおにぎりをくれないか? 頼む!」


ボサボサ髪の青年は必死になって頼み込んでくる。


「だから! さっき1個あげたじゃないですか! それで十分ですよね!?」


バスケットを抱え込んで死守する私。


「……そうか。友達じゃ駄目なんだな……。それなら恋人になってもらいたいのか? だが君にはまだ婚約者がいたよな? う〜ん……さすがに婚約者がいる相手と恋人同士になるわけには……え? な、なんだい? その目つきは?」


多分私はおもいきり、軽蔑の眼差しを彼に向けていたのだろう。


「あいにく、私は恋人は必要としていません。それに友達ならできれば女性のお友達が欲しいです。あ、だからといって、友達が必要だって言ってるわけではありませんから。そういうわけなので、おにぎりは諦めてください」


駄目だ、これ以上ここにいたら……無理やりバスケットを奪われかねない!

ベンチを立ち上がり、歩き始めたとき。


ドサッ!!


背後で物凄い音が聞こえて、驚いて振り向いた。すると青年が地面に倒れているではないか。


「ちょ、ちょっとどうしたんですか!?」


慌てて駆け寄ると、彼はムクリと顔を上げた。


「お、お腹がすいて……死にそうなんだ……た、頼む……さっきのおにぎりを……俺にくれないか……?」


「……」


呆れた人だ。ここまでして、なりふり構わず私のおにぎりを欲しがるなんて……。

けれど、こんなところに倒れて私の責任にされても困る。


「あーもう! 分かりましたよ! あげます! あげますからやめてくださいよ!」


「本当か? 本当にくれるのかい?」


ガバッと起き上がる青年。


「ええ、あげますよ。はい、どうぞ」


バスケットから最後のおにぎりを取り出して、手渡す。


「ありがとう、感謝するよ」


ボサボサ髪の下で、ニッコリ笑う青年。


「いいですよ、別にもう」


まだあの部屋にはお米が残っている。きっとまた夢を見れば、こっちの世界に持ち込めるはずだ。


「うん、本当に美味しいな」


気付けば、彼はもうベンチに座っておにぎりを食べ始めている。


「それじゃ、私はもう行きますから」


「え? もう行くのか?」


歩き始めると背後から声をかけられた。


「はい、大学の中を見て回りたいので」


何しろ私にはステラの記憶が全くない。つまり大学構内の作りが何も分からないということだ。自分の目と足で歩いて覚えなければ。


「ふ〜ん。何で見て回りたいのか分からないけど……用心したほうがいいぞ」


「え? どういうことですか?」


「いや? 何となくそう思っただけさ。人はいつ何処で何があるか分からないじゃないか」


「……何でそんな変なこと言うんですか? 気になるじゃないですか」



ただでさえ、エイドリアン達に良く思われていないのに……恨めしい目で彼を見る。


「いや、ごめん。悪かった、気にしないでくれ。おにぎり美味しかったよ。ありがとう」


見ると、彼はもうおにぎりを食べ終えている。


「いいえ。では今度こそ行きますからね」


それだけ告げるとその場を後にした。


そして後ほど。

私は彼が口にした言葉の意味を知ることになる――







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