セレーネお嬢は時折やって来ては新商品の実験を手伝ってくれた。どうやら実験に最適な頑丈な人間がいるらしくデータを取ってきてくれるが、なんかムカつく事があったあと使うと多少鬱憤が晴れるらしいよ。何にムカついているのかは教えてくれなかったが、なんか婚約者?に会いに行った後は機嫌が悪かったなぁ。子供なのに今から婚約者がいるのかぁ。と思ったが、つい忘れそうになるけどセレーネお嬢は公爵令嬢だからな、婚約者くらいいるだろうさ。そういえばいつだったか1回だけセレーネお嬢が涙ぐんだ顔でここに来たことがあった。「私の髪の色って変かしら?」って聞かれたっけ。ボクが「美味しそうな蜂蜜色だよ」と答えたら「あのバカよりはマシですわ」と言ってやっと笑ったんだっけ。このセレーネお嬢を泣かすなんてとんでもない奴もいたもんだ。
あれから何年たったかな。ボクは年月を数えるの苦手なんだよ。だってほら、ボクって歳とらないらしいんだ。≪流星群の奇跡≫の影響だったかな?だから年齢不詳なんだよ。セレーネお嬢には「開発中の薬を自分で人体実験したら失敗してなんかこんな体質になっちゃった☆」って言ったら「……ユーキ様らしいですわ」と言われたよ。ちょっとそれ、どーゆー意味さ?でも周りには内緒にしてくれてるし、ボクはあんまり外にでないからまだバレてないよ。
それでも買い出しとか色々困ることも出てきた頃、悪役王女を引き取ったのさ。
悪役王女だよ!本物だよ!なんか小説とかにありそうだろ?色々反抗されたらされたで、面白そうだと思ったんだよね。それに最近はちょっと退屈だったからさ。
フリージアは最初は複雑な顔をしていたけど、頼んだ仕事はちゃんとやってくれたし文句も言わなかった。自分の立場はちゃんと理解しているといっていたよ。ふざけて「ボクの前ではわざと転けないの?」って聞いたらスリッパで殴られたけど。いじわるだったかな。でもセレーネお嬢はボクの友達だから、友達をいじめてた奴がどんなふうな奴か確かめたかったのさ。
あ、今では立派なボクのモルモッ……ゲフンゲフン。大事な実験を手伝ってくれる仲間だよー。あはは。冗談はおいといて、フリージアのくれる意見は貴重だよ?生成だって完璧じゃないし、微調整するためには色んな意見を取り入れなきゃね。
「それで……って、もう、聞いてますの?」
ボクが上の空だったのがお気に召さないのか頬を膨らますセレーネお嬢。好きな人と婚約したって、それただの惚気だろ?
「ん、ああ、聞いてるって。そういえば、だいぶ前に日に焼けなくなる道具はないかって言ってたろ?完全には無理だけどこの“日焼け止めクリーム”を肌に塗れば火傷まではしなくなると思うよ」
そう言って新しく出来た物を渡せば、セレーネお嬢は嬉しそうに笑った。
「たぶんお嬢の言ってる症状は日光によるアレルギー反応だと思うんだよ。これにはアレルギー症状を抑える成分と陽射しから受ける刺激を和らげる効果があるんだ。一応モルモ……人体実験はしたけど、最初は少しづつ使って。もし塗ったところが赤くなったりしたら使用をやめてまた言ってよ」
「ありがとうございます!」
ふと、セレーネお嬢の胸元に光った物を見つけて視線を動かせば、そこには真珠をあしらえた銀細工のピンブローチがあった。少し濃いめの銀色でシンプルな作りのそれはセレーネお嬢によく似合っている。
……なんかどっかで見たことがあるような?うーん、まぁ、いいか。
ご機嫌で帰ったセレーネお嬢を見送り、フリージアの様子を見れば彼女もなんだか嬉しそうだった。
セレーネお嬢の新しい婚約者のことも知っているそうで、なんでも以前酷いことを言ってしまった相手らしい。君、セレーネお嬢だけじゃなくて他の人にもなんかやらかしてたの?と言いそうになったがやめておいた。
「ユーキ様、改めてわたしを引き取ってくれてありがとうございます」
「急にどうしたのさ?」
「いえ、こうやってセレーネ様に償うチャンスが頂けましたし、今の方が王女だった頃より充実してますから。それに……」
ふーん?元悪役王女をここまで改心させるなんて、さすがはセレーネお嬢と言うところだろうか。
「ユーキ様、今日も眼鏡を貸して下さいますか?」
「へ?別にいいけど……」
実はフリージアには変わった趣味がある。1日の仕事が終わり自分の部屋に帰る前にボクの眼鏡を見たがるんだ。ボクって視力がかなり悪くて眼鏡ないとなんにも見えないから、ボクの眼鏡でフリージアが何をしているのはわからないけど見るだけだっていうから貸してあげてるよ。うっすら人影は見えるから目の前にいるのはわかるしね。
しばらくじっとしてると思ったらやっと眼鏡を返してくる。普段はボクに厳しいのにこの時だけはご機嫌なんだ。
「それではわたしは部屋に帰ります」
「うん、また明日もよろー」
そんなに眼鏡が好きなら、今度フリージア用の眼鏡を作るかなー。でも彼女、視力悪くないよね?やっぱり異世界人は不思議だなぁ。
あ、そういえば……今日セレーネお嬢がつけてたみたいなピンブローチ、ボクも作ったことあったよね?確か変な少年に頼まれたやつ。……あの少年は、ちゃんと渡したい人にあのブローチを渡せたんだろうか?
そんなことを考えながら窓の外を見上げると、まるで空から落ちるように星がひとつ流れた。
*オマケ*
「今日も顔面偏差値フルスロットルでした……!」
元エルドラ国の王女であるフリージアの趣味は美しいものの観賞である。あんな目にあったとしても美しい顔面を嫌うことなど出来ないでいた。
オスカーにフラれて(今となってはなんであんなのを追いかけていたのか謎でしかないが)父にも縁を切られて生きる気力を失っていたフリージアは、セレーネにユーキを紹介されて息を吹き返した。
そう、実はユーキは眼鏡を取ると超絶イケメンだったのだ。
ユーキが女性であることはわかっているが、顔がとてつもなく美しいので全く問題は無い。というか、フリージアにとって美しいものを前にしたらそんなの関係ないのだ。ユーキの顔面さえあればこの世はパラダイスだと断言出来るほどである。
毎晩寝る前にユーキの偏差値の高すぎる顔面をじっくり拝んでから眠れるこの生活を与えてくれたセレーネを、今では女神だと崇拝している。
「あの顔面でご飯3杯はいけます……!」
ユーキの顔が拝めるならば水仕事も掃除もまったく辛くないフリージアなのであった。
今更素直になれないのとこれまでの自分のおこないが恥ずかしくてつい素っ気ない態度をしてしまっているだけのツンデレなのだった。