「はぁ……」
庭にティーセットを広げ、私はごろんと芝生に寝転がりました。
無事に婚約を破棄してから数ヵ月、私は静かな日々を過ごしています。オスカー殿下の馬鹿な発言に振り回されていたあのイライラから解放されてからは毎日が平和ですわ。
まずは、あれからやっとお父様がご帰還なさりました。どうやら「婚約破棄を撤回するまで帰さない」と毎日泣きわめく陛下の愚痴を聞かされ続けたていたようなのです。げっそりとやつれてしまったお父様の姿を目にした私が思わず「あ、すっかり忘れてましたわ」と言うとなにやら落ち込んでおりましたが早く溜まっている仕事を片付けて欲しいものですわ。さすがに少しは手伝いましたけどね。
そしてヒルダ様とエルドラ国の王女……フリージア様ですが、おふたりとも平民となられました。
まず、ヒルダ様は王族に毒を盛ったという最大の嫌疑が晴らされましたので公爵令嬢を陥れようとした罪のみに問われ男爵家は田舎の領地に引き込もって頂くことになりました。その際にヒルダ様自身から縁を切って欲しいと願い出たそうです。私はそこまでは望んでいなかったのですが本人たっての希望であることと、やはりそのままでは処分が甘いとのことでしたわ。正直に言うとそれほど陥れられたとも思っておりませんし、媚薬使用の嫌疑をかけられていたことや香水の真実、なによりもオスカー殿下に(
ただ、予想外なこともありました。
実はヒルダ様が憑き物が落ちたような顔で謝って下さった時にこんなことをした経緯をお聞きしたのですわ。ヒルダ様には前世の記憶があって、そこで関わった人間にオスカー殿下と私がそっくりだったことや前世での人生を。ヒルダ様は「馬鹿みたいな話ですが、その時は信じて疑わなかったんです……」と肩を落としたのですが……それを一緒に聞いていたシラユキ様が目を輝かせたのです。
まさか、シラユキ様がヒルダ様を倭国へスカウトして作家デビューさせるなんて思いもしませんでした。確かにシラユキ様は物語がお好きでいらっしゃいますから色々とサポートしてくださるでしょう。
それにしても、ヒルダ様が倭国語がわからないからとお断りしても「倭国には優秀な翻訳家もおりますし何事も勉強ですわ!それに新たな人生を歩むなら新たな事に挑戦いたしませんと!」と強引に了承を得てしまうなんてすごいですわ。私には「もう悪さをしないように倭国で見張っておきますわ。ビシバシいきますわよ!」なんておっしゃいましたけれど、これから平民として辛い道を歩くかもしれなかったヒルダ様に救いの手を差し伸べて下さいましたのよね。それにヒルダ様もまんざらでもなさそうでしたし、きっと物語がお好きなんだわ。今も執筆中らしいのですが、ヒルダ様がお書きになる『悪役令嬢が幸せになる物語』の完成が今から楽しみです。だって化粧もドレスも香水も辞めたヒルダ様は今までよりとても素敵でしたもの。
そしてフリージア様ですが、エルドラ国と縁を切られた彼女は牢獄から出られても母国へ帰る事が出来ません。どうしたものかと悩んでいると私の事業の共同経営者の方がその事を知り「悪役令嬢矯正計画とか爆上がるーっ」とよくわからないことを叫んでウキウキした顔で彼女を引き取りたいと申し出て下さりました。
この方は時々よくわからないことを楽しそうにおっしゃいますがまた“悪役令嬢”ですか。流行っているのかしら?それから令嬢ではなく、元王女ですよ。と訂正すれば「悪役王女……なおいい!」とニヤニヤしてらっしゃいましたわ。なにがいいのかしら……とにかく、フリージア様はあの方に引き取られ私の商会で住み込みで働くことになったのです。もちろん最低限の衣食住は保証しますし、賃金もお渡しする予定です。……だってあの方の助手として開発のお手伝いをなさるんですよ。恐ろしい。共同経営者にスカウトした身としてはこんなこと言ってはいけませんが、なんというか開発に夢中になると誰にも止められないマッドサイエンスな方なので。フリージア様、頑張って下さい。あ、ちなみに共同経営者の方は女性ですわ。ただ、色々破天荒が過ぎる方とだけ申しておきますわね。
ルドルフはと言えば、新たな自分の国が気に入って今もあちらに行っておりますわ。ルドルフの大きさでもゆったりくつろげる犬小屋も作って頂いたので快適のようです。なにより、獣人の国で恋人が出来たようですのよ。
あの獣人の国の方は見た目が動物が二足歩行なさってる感じなのですがたまに先祖返りで四足歩行の子供が生まれるそうなんです。先祖返りの方は比較的体格も大きく育ちますので、ルドルフがやたら崇拝されていた理由がなんとなくわかりました。そしてルドルフは出会ってしまったのですわ、四足歩行の狼の姿をした素敵なレディに。大きさはルドルフの4分の1くらいなのですが、ふわふわの淡い桃色の毛並みをされたとっても可愛らしい方でしたのよ。どうやらお互い一目惚れのようでして今では仲睦まじくしております。
この間、ルドルフがその方を背に乗せて空の散歩をしているのを見てとてもお似合いだと思いましたわ。やはり“星の子”だ≪流星群の奇跡≫だと言われても関係ないのです。今やルドルフは“空の流通便”の仕事をこなしながら恋に一生懸命な男の子なのですわ。
ついでにあの後の陛下とオスカー殿下ですが王妃殿下にこっぴどくお仕置きされていました。なんでもオスカー殿下が王妃殿下の前で「父上が浮気は男の甲斐だなんてセレーネに言うから!」とバラしてしまったらしく王妃殿下の逆鱗に触れたそうですわ。もし陛下がまだ私の邪魔をするようならそのことをバラしますわよって脅し……ゲフンゲフン。交渉しようかと思っていたのですがオスカー殿下に先を越されてしまいましたわね。
ちなみにオスカー殿下は学園を退学して監視の下で徹底的に再教育されるのだとか。これで少しは心を入れ替えて下さるといいのですけれど。一応ルドルフにも気を付けるような言っておかなくてはいけませんわね。
「……」
ふと、自分の手首に視線が止まり