ぱぁん!! と乾いた音が響き、頬を打たれたオスカー殿下が信じられないという顔をして私を見ました。あぁ、つい平手打ちをしてしまいましたわ。これは不敬になるのかしら。
それにしてもオスカー殿下は本当になんて頑丈なのかしら。だって、叩いた私の手の方が痛いのですけれど……これは手首を捻挫したかしら?かなりズキズキとしています。ちなみにオスカー殿下の頬は平気そうです。あの顔は痛みよりもされたことへのショックを受けているだけですわね。
「セレーネ……」
「あなたは自分が何をしたかわかってますの?ふたりの未来ある少女たちの人生を台無しにしたのですよ?あなたが本当に私を愛していたというのならばきっぱりと拒絶するべきだったのです。
あなたが曖昧な態度をとって、その所業を許した結果。ふたりの少女はどうなりました?ひとりは罪に問われ牢獄へ入れられ、ひとりは母国や実の親からも見放されてしまったのですよ。あなたはその責任をどう取るおつもりですか?あのふたりの行動はすべて、あなたの妻になりたくてしたことなのです。そんなつもりはなかったなんて言い訳ですわ。王族であるあなたがそれを夢見さすような言動をとったからこそだと周りは考えるでしょう。少なくとも私はそう考えます」
「……そ、それは……」
やっと事の重大さがわかったのかオスカー殿下は言葉を失ったようです。どうやらあの方たちもオスカー殿下の思惑に踊らされていた被害者のようですわね。
ですが、これはちゃんとはっきりさせておかなくてはいけませんわ。私への愛がどうのこうので誤魔化されてはいけませんもの。
私はオスカー殿下の瞳を真っ直ぐに見つめました。
「オスカー殿下、あなたが婚約破棄宣言を繰り返していた本当の気持ち(ルドルフを狙っている事)はちゃんとわかってます」
「セ、セレーネ!本当か?!俺の気持ち(セレーネの愛を確かめたくて婚約破棄宣言をしていた事)をわかってくれていたのか?!」
「もちろんですわ。3歳の頃から見てますもの。あなたがどれだけ本気か(“星の子”であるルドルフを欲しがっているか)なんてお見通しですわ。でも、私がそれを認める事(ルドルフを渡す事)は決してありません」
「そんな、セレーネ!俺はずっとそれだけを(セレーネだけを愛していると)想っていたのに……!」
「(ルドルフの事は)諦めて下さい、無理なのです。私はそのためなら(ルドルフを守る為なら)手段を選びませんわ」
「そ、そんなぁ……」
私の言葉にがっくりと項垂れるオスカー殿下。これでルドルフを諦めてくださるかしら?
「陛下、婚約破棄でよろしいですわね?」
「し、しかし、入婿する予定だったとはいえ王子との婚約が破棄となればセレーネ嬢はキズモノ扱いとなるだろう?公爵家はどうするのだ?キズモノとなった令嬢の家に婿養子にくる者などいないぞ?」
やっとオスカー殿下が諦めてくれたようですのに、今度は陛下が痛いところをついてきました。確かに私は婿養子をとらねばならない身です。でもここまでこじれたオスカー殿下とやり直すなんてとても無理ですわ。だって、またいつルドルフを狙い出すかわからないじゃないですか!
「このオスカー殿下と結婚するくらいなら、キズモノでけっこうですわ!今後のことは公爵家の問題ですからお気になさらないでください」
そうハッキリと言い切れば陛下もやっと諦めたのかがっくりと項垂れました。親子揃って項垂れている姿もなんだかシュールですわね。
「ち、ちなみに、それでも認めないって言ったら……?」
チラッとこちらを見てくる陛下。しつこいですわね。そっちがその気ならこちらも秘密兵器を出しますわよ。
「それなら、私も強硬突破いたしますわ」
私はハルベルト殿下から受け取っていた書類の束を陛下の目の前に出しました。
「実は私、とある島を買い取りましたの。この島の所有権を持つ国は獣人の方々でして、ルドルフの事をとーっても崇拝してらっしゃいますのよ。そしてこの島をルドルフを国王とした国家として認めてくださるそうです。もちろんラース国からは手出し出来ないように色々と裏工作もいたしました。ですので、婚約破棄を認めてくださらないなら私はルドルフと一緒にこの新しい国へ渡ります。そして今後“空の流通便”はルドルフの国からしか行えない法律を作りましたの。例え国王からの命令だとしても、別の国の王へは通じませんわ」
「そ、それは、どういうことなのだ……?!」
「我が国の法律では貴族が国を出て新しい国を作るのは反逆者扱いになりますが、犬が独立国家を作るのには何の罪にも問われないではないですか。ですから私はルドルフの国へ亡命いたします。“空の流通便”の国益も全てルドルフの国のものになりますので悪しからず」
「そ、そんなめちゃくちゃなことまかり通るはずがないだろう!“星の子”は我が国の奇跡!よその国へ渡せるはずがない!」
「よその国ではありません、ルドルフの国です。ルドルフは自分の国へ戻るだけですわ。それに、この国から“空の流通便”の権利はルドルフにありそれを自国で行う事の正統性を認める。という許可書も頂いております」
「わ、わしはそんなもの出しておらんぞ!?」
「あら、もちろん王太子であるアレクシス殿下が許可して下さいました。アレクシス殿下にその権限を持たせたのは陛下ご自身ではありませんか」
そう、陛下は王太子であるアレクシス殿下に一部ですが陛下と同様の権限を与えているのです。まぁ、将来の勉強もあるとは思いますがいくら優秀だからってアレクシス殿下に仕事を任せすぎだと思いますわ。あんな腹黒な王太子ですが、実はこの国の仕事の半分以上をすでにこなしているのです。腹黒ですけどね。
「ど、どうやってアレクシスを懐柔したのだ」
「それは、僕が説得しました」
それまで黙って見守ってくれていたハルベルト殿下が口を開きました。
「言ったはずですよ、父上。僕はカタストロフ公爵令嬢側につくと。僕は僕の使える力の全てを使って彼女の望みを叶えた。ただそれだけです」
ハルベルト殿下がにっこりと笑えば、陛下は今度こそ膝を折り力なく突っ伏したのですわ。
「そ、そんなぁ……」
こうして私は無事に婚約破棄を認める書類に陛下の判をもらったのですわ。
「うわぁぁぁぁぁん、やっぱりいやだぁぁぁぁぁぁぁっ」
足元からオスカー殿下の駄々をこねる声が聞こえた気がしましたが、まるっと無視させていただきますわね。