「誤解……ですか?」
私はその意味がわからなくて、首を傾げたのでした。
あの後、
そして、挨拶を済ませるやいなや国王陛下が私に1枚の報告書を手渡して来たのです。
「う、うむ。問題となった男爵令嬢の件だが媚薬を使った形跡はなかったそうだ。詳しくは宰相が話そう」
陛下の後ろに控えていた新しい宰相が前にでてきます。丸眼鏡に白髭のどこにでもいそうなおじいちゃん宰相ですわ。その昔私からルドルフを奪おうとした前宰相とは違い仕事のできるとても良い人なのですが、こほんと咳払いをしたかと思うと少し言いにくそうに口を開きました。
「えー、はい。隅々まで調べましたがそのような形跡はありませんでした。その男爵令嬢が身につけていたあのくさ……いえ、匂いのきつい香水も不審に思いまして成分を調べたのですが……。どうやらあの香水は娼婦が使っているもので、体臭を誤魔化すために使っていたようでして……娼婦の間ではフェロモン香水と呼ばれていましたがひたすら匂いのきついだけのただの香水でした。風呂に入る時間を短縮するために使用していたとかなんとか……いやはや、年頃のご令嬢にこんな報告をせねばならないとは……」
「娼婦ですか……」
確かにその内容は言いにくいですわね。しかもその業界では“娼婦の香り”として暗黙の了解があるらしく、その香水をつけているのは自分が娼婦であるとアピールしている事になるのだそうですわ。言葉を交わさずに客を誘い込めるのだとか。
あら、つまりその香りを纏っていたヒルダ様はそれくらいオスカー殿下を誘惑したかったと言うことでしょうか?まさか、香りの意味を知っていればオスカー殿下が寄ってくるとでも?
そうでしたらとても情熱熱的な方でしたのね。ですが、さすがにオスカー殿下が娼婦についてまで詳しいとは思えませんけれど。もし詳しかったドン引きです。
それにしても、私も娼婦という存在は知識としては知ってはいますけれど香水云々は初めて知りました。同級生がそんな香水をつけていたとわかるのはさすがにちょっとショックですね。しかしあの鼻が曲がりそうな匂いで誘惑される男性がいるとしたらそれはそれで問題だと思います。貧困に関わる案件ならば王家も考えなければいけないことでしょう。
「……まぁ、とりあえずそれはそれとして。それで、媚薬が使われていなかったからと言って何が誤解なんですの?」
「え、いやだから……オスカーが媚薬を盛られて婚約破棄を宣言したのは誤解だと。だから……」
私の反応が予想外だったのか慌てふためく陛下の姿に私は首をさらに傾げます。まさか媚薬が使われていなかったから全て解決だなんておっしゃりませんよね?
「あら、陛下はちゃんと報告書をお読みになったのですか?オスカー殿下は私にハッキリとヒルダ様が運命の相手だから私と婚約破棄するとおっしゃったのですよ?媚薬が使われていなかったのなら尚更オスカー殿下は本心で男爵令嬢のヒルダ様を愛してらしたってことでしょう?」
「え、いや、だから……「むがーっ!むがーっ!」ええぃ、オスカー!おとなしくしておれ!」
え、なにが暴れているのかって?……私が「話がある」と言った途端「セレーネ、やっぱり俺を愛してくれているんだな!」と馬鹿なことを叫びながら私に飛びかかろうとして、ハルベルト殿下にボッコボコにされてるところに遅れてやってきた騎士たちに捕獲されたオスカー殿下ですが?網に包まれたまま猿轡をされてロープでぐるぐる巻きにされております。
それにしても……ハルベルト殿下が、私に飛びかかろうとしたオスカー殿下の頭を瞬時に網ごとわしづかみにして笑顔のままオスカー殿下をフルボッコにしたのには驚きましたわ。ハルベルト殿下はどちらかというと平和主義で暴力反対なのかと……でも笑顔なのに目が笑ってないまま容赦なくオスカー殿下にお仕置きする姿はなんだか胸が騒ぎました。オスカー殿下をモザイクに出来るなんてハルベルト殿下って意外と鍛えてらしたのね……なんて考えてしまうなんて。まさか、これが噂に聞くギャップ萌え……?!い、いえ。きっと意外だっただけですわ。でも、まさかこんなハードボイルドな一面が見れるなんて……あぁ、でもハルベルト殿下のいつもと違う一面を見れたなんて幸運です。こんな姿が見れるのは今だけかもしれないと、しっかりと目に焼き付けておきました。ちなみにオスカー殿下はモザイクから瞬時に回復しておりましたのでその頑丈さは末恐ろしいほどです。
おっと、考え事をしている場合ではありませんでしたわ。私は姿勢を正し陛下に鋭い視線を向けました。
「……陛下には、私が幼い頃から数えきれない程の婚約破棄宣言を受けていたことも全て報告したはずです。それを長年我慢していた私に対してオスカー殿下がなさった事がヒルダ様との浮気宣言ですわ。さらには学園でエルドラ国の王女を侍らしていたことも調査済みのはずです。つまり、浮気して恋人を作りさらに愛人も侍らしていたオスカー殿下の所業のどこに誤解があったとおっしゃるのですか?」
「そ、それは……ほら、男の甲斐みたいな?」
「そんな浮気を正当化するためだけの戯言など聞く耳を持ちません。それとも陛下は王妃殿下に同じセリフを言えますの?」
ピシャリと言い切れば陛下は黙ってしまわれました。だって王妃殿下の持論は「浮気とは殺人の次に愚かな行為だ」なのですから。私もその意見には賛同致しております。だからこそオスカー殿下の不当な行いが尚更許せないのですわ。だって、結局は誰も幸せになれませんもの。
「それでは、婚約破棄の件は了承して下さいますわね?」
「う、う……「もがもがっぷはっ!違うんだ、セレーネ!俺は騙されていたんだ!」おわっ!暴れるなオスカー!」
あら、もがくから猿轡が外れてしまったようです。口が自由になったオスカー殿下がまたなにか訴えてきました。しつこいですわね。
「……騙されていた。ですか?」
「そうなんだ!俺は浮気なんかしていない!俺はセレーネを愛しているし、すごい男になろうとしていただけなんだ!ヒルダが、自分と居れば俺が皆が羨むすごい男になれるって言ったから!あの違う国からきた女も一緒に歩いてるだけで皆が俺をすごいって!さすがだって言うから、だから……!」
オスカー殿下の見苦しい言い訳を聞いているだけで、頭の奥が一気に冷たくなる気がしました。
この人は何を言っているのかしら?
「私を愛している……ですって?それは本当ですか?」
私は芋虫状態のオスカー殿下に近寄り、そっとその体を起こしてあげます。あぁ、網が少しほどけていますわね。やっぱり強化が必要ですわ。
私の冷めた視線に気付かないのかオスカー殿下は鼻息を荒くして語り出しました。
「そうだ!俺はそのために「では、あなたはそのためにあの方たちを利用したのですか?」……え?」