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第20話 母の思惑


 すっかりシラユキ様と話し込んでしまい、この日は倭国にお泊まりすることになりましたわ。


 シラユキ様が「今夜は帰られないほうがいいですわ」と意味心な発言をするので首を傾げていると、そのままオンセンに入るように勧められました。オンセンと言うお風呂は外にあって夜空を見ながら入浴出来るしお肌がつるつるになる素敵なお風呂なんです。


 それにしても毎回思うのですが、倭国の服装は不思議ですね。なんだか四角い布を繋ぎ合わせただけのように見えますのに体に巻いて紐で結ぶとどんな体型にもフィットしますのよ。同じ服なのに違う体型にすぐ合わせられるなんて画期的ですわ。ユカタと言うのですって。


「あら?」


 お風呂上がりに岩と砂を使ったストーンガーデンを散歩しているとシラユキ様を見つけました。その足元には黒装束を着た人が膝をついていて、シラユキ様になにかを渡しているように見えたのです。


「シラユキ様?」


「あら、セレーネ様。温泉はいかがでしたか?」


 黒装束の人が私に気づきペコリと頭を下げるとシュッと音をたてて消えてしまいます。これこそまるで魔法のようですわね。なんて素早いのかしら。


「あの、今の方はもしかして……」


「あぁ、セレーネ様は見たことがありませんでしたわね。あれが忍者ですわ。秘密裏に動くことが多いのであまり人前には出てきませんのよ」


 話には聞いていましたがニンジャとはものすごい早さで走って各国へ書簡を届けたり情報を集めたりする役職の方らしいですわ。


「セレーネ様のルドルフのように人や荷物は運べませんけれど、急な書簡や使者としてなら不眠不休で走って1日もあれば往復出来ますのよ」


「それはスゴいですわ!あ、でもニンジャさんの体は大丈夫ですの?」


「ふふっ、きっと今ごろ白目をむいて倒れていますわね。セレーネ様がいらしたからカッコつけて帰りましたけど。1度この仕事をこなすと体力と精神の限界で3日は寝込みますから急を要するに時にしか出来ない仕事ですのよ」


 3日も寝込むとは……それほど集中して走っておられるのですね。なんでも1度足を止めると再び走り出すのにロスが生じるとかで目的地につくまでひとり耐久レースのようにずっと全力疾走して道なき道を走るのだとか。大変ですわね。


「では、そんなに急ぎの書簡が届きましたの?」


「ええ、ちょっと失礼致しますわね……」とシラユキ様は書簡の中身に目をとおすと、にっこりと笑顔になりました。


「セレーネ様、申し訳ないのですが明日は倭国に留まって輸出品の品質を確認していただけませんか?それに職人が新作を是非セレーネ様にも見ていただきたいと言っていまして……。それで明後日にわたくしのこともラース国へご一緒に連れていっていただきたいのですわ。お花見の相談もしたいですし」


「そうなんですね、もちろん良いですわ」


 倭国の職人が作る品質はいつも最高級なものばかりなのでそれを疑ったことはないですが、やはり定期的な確認は必要です。最近は他所の国にも運んでいますしこれは信用問題ですもの。それに新作というのも気になりますわ。職人さんからしたら良い物は少しでも早く輸出したいはずです。これは私の婚約破棄問題とは別問題ですもの。任されている以上はちゃんと責任を持たねばなりませんわ。


 あ、そういえばお母様からオハナミについてのお願いもされていたのでした。ただ、今は国がバタバタしていますからサクラの様子を見て決めたいのだとか。早く国王陛下が私とオスカー殿下の婚約破棄を認めて、ついでにオスカー殿下に新しい婚約者をあてがって下されば良いと思います。お相手は……まぁ、男爵令嬢は捕まったみたいですけれどまだエルドラ国の王女がいますものね。そうすれば国としては一応落ち着くのではないかしら?


 それにあちらの有責で正式に破棄させてしまえばまたいちゃもんをつけて慰謝料代わりにルドルフを奪おうとしても対応できますもの。絶対にオスカー殿下の思惑通りにはさせません!


「うふふ、今夜はすき焼きをご用意いたしましたわ。せっかくですし、ご馳走フルコースをご堪能くださいませ♡」


「わぁ!美味しそうです!」


 そんな決意を新たに、倭国の美味しい料理をしっかりと堪能したのでした。
















 そして二日後。



「え、エルドラ国の王女も捕まったんですか?」


 シラユキ様と共に帰ってきた私はなぜか庭で待ち構えていたお母様から笑顔の報告をされてとても驚きました。


「ええ、そうよ」


 いやいや、エルドラ国の王女ですのよ?隣国なんですよ?あんなのでも王族なわけでして、いくらなんでもどうやったんですか?


「あら、ちゃんとエルドラ国からあの王女は王籍を剥奪して追放したのでお好きにどうぞって許可をもらったわよ?ね、シラユキ皇女」


「ふふっ。最初は無関係を貫こうとしたようなのですけれど、あの王女が害した相手がセレーネ様だと知り掌を返したのですわ」


 もしかしてなくてもシラユキ様もこの件を知っていたようです。


「なぜ私だと知ったからってそうなりますの?あちらは王家で私は公爵令嬢ですのに……」


「そんなの簡単ですわ。エルドラ国もルドルフの恩恵を頼りにしているということです。どうやらエルドラ国の方は単なる貴族の令嬢と男性を取り合ってるだけだと思っていたようなので放置していたそうなのですが、まさかその相手が“神獣と空を駆け抜ける聖女”との二つ名を持つセレーネ様だと知り魂が抜けかけたそうですわ」


 なんですか、その恥ずかしいあだ名は……。


「あら、そんなに驚かなくても……だって、セレーネ様が開拓なされた“空の流通便”はほとんどの国に恩恵をもたらしてますのよ?重要視されるのは当然ですわ」


「いえ、そんな……。確かにエルドラ国にも何度か荷物を運びましたけれど……私は商人の方としか会ったことがありませんでした。まさか、王族の方にまでそんな風に知られていたなんて知りませんでしたわ。


 ……もしかしてシラユキ様、あの時のニンジャって……」


「あら、カトリーナ王妃殿下からのお手紙で真実を知っただろうエルドラ国に対応次第では倭国も黙っていない。とお知らせしに行っただけですわ。もし不等にその王女を庇うならば覚悟はあるのかと……。お伺いをしただけですのよ。だって圧力をかけてあの国をぺしゃんこにし、さらにはすべての流通が永久に止まるようにするなんて簡単ですもの。────セレーネ様を軽くあしらう輩など滅亡すればいいのですわ!」


「さすがシラユキ皇女、頼んだ瞬間に動いて下さいました。うちから出向いた使者は失礼なことをしませんでしたか?」


「とんでもないですわ。そのおかげで手早く圧力をかけられましたし、セレーネ様とゆっくりお話もできましたもの。使者の方はしっかりとおもてなしさせて頂いております」


 どうやら私がお手紙を持っていく前にすでに早馬で使者が倭国へ行っていたようですわね。


「……ちょっとお待ち下さいお母様、私を倭国へいかせている間に何をしておりましたの?まさかとは思いますけれどシラユキ様まで共犯だなんて言いませんよね?私を足止めしていたなんてことは……」


「……(にっこり)」


 振り向いた先のシラユキ様はとってもいい笑顔をしておられました。これは確信犯ですわ。


 どうもお母様には私がいると都合の悪いことをするために私を倭国へ行かせていた疑惑が浮上してきましたわね。このお母様をよく知っているからこその娘の勘ですわ。


「あら、人聞きの悪い。すぐにわかります。……ほら、それよりハルベルト殿下がいらしてますよ。あなたに急用があるとおっしゃってましたわ」


「え?ハルベルト殿下が?!」


「つい先程です。そろそろセレーネが帰って来ると伝たらそれまで待つとおっしゃられたので今は客間にお通ししていますよ」


 なんてことでしょう、それは早く行かなければなりません。あまりお待たせしたら失礼ですもの。あ、でも今の私の格好はルドルフに乗るためにとパンツスタイルでしたわ。さすがにこんな姿でははしたないかしら……。


「セレーネ様でしたら、どんなお姿でも可愛らしいからそのままで大丈夫ですわ」


 恥ずかしいですわ。私ったらいくら慌てたからって全部口に出ていたようです。これではいけませんね、ハルベルト殿下の前ではちゃんと淑女の振る舞いをしなくては!


「と、とにかく、急用とのことですのでお会いして参りますわね。シラユキ様、私はここで失礼させていただきますわ!」


「わたくしの事ならお気になさらずに。先にお花見の相談をしておきますわ」


「よ、よろしくお願いします」


 なぜか生暖かい目で私を見つめるシラユキ様とお母様。その態度に疑問を感じながらもそれを問い詰めている場合ではないと、私は急いで客間へと向かったのでした。








***







 セレーネの姿が屋敷内に消えたのを見届けてからシラユキがぽつりと呟いた。


「それにしても、ハルベルト殿下はセレーネ様のことをどう想ってらっしゃるのかしら……。もし弄んだりしたら絶対に許しませんわ!」


 実はシラユキはセレーネの初恋の相手が誰であるかをとっくに突き止めていた。その想いに蓋をしていることも。ちなみにセレーネは誰にもバレていないと思っている。もちろん母親に対してもだが、それは無駄な足掻きであった。


「あら、シラユキ皇女……」


 シラユキの呟きを聞いたリディアは目を輝かせた。セレーネには内緒で進めている案件についてシラユキを巻き込むつもりだったが、どうやら細かい説明はいらなそうだとこの瞬間に確信したからだ。


「ねぇ、シラユキ皇女。実はセレーネのためにお願いしたいことがございますのよ……」


「えっ……!」


 リディアが語るその内容に、シラユキはリディア以上に目を輝かせるのだった。

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