でも、オスカーの口から出てくるのはどう聞いても公爵令嬢を悪く言っている言葉ばかりなのになんでオスカーの瞳はあんなに輝いているんだろうか。そうか、よほどあの公爵令嬢が嫌いなのね。だから悪口を言うのが楽しいんだわ。男の愚痴をちゃんと聞いてあげるのも良い女の条件よね。と、わたしは日がとっぷりと暮れるまでオスカーの愚痴を聞き続けた。
それにしてもオスカーったら、わたしに指いっぽん触れてこないなんてやっぱり兄の元婚約者でエルドラ国の王女だと言うことを気にしてるのだろうか。わたしたちってまるでロミオとジュリエットのようだと思った。
こうして今日もオスカーはわたしとふたりきりでいるのに、その口を開けば「セレーネが」と公爵令嬢の悪口ばかり。せっかくオスカーが婚約破棄を訴えてるのに公爵令嬢はそれを嫌がるらしい。どこまで悪足掻きばかりする女なんだろうか。往生際が悪いなんてみっともないと思わないのかしら?
その公爵令嬢のせいでまったく進展しない状況にイライラしてきた頃。そのすべてが一変する。
その日はオスカーと公爵令嬢が学園に来なかったのだが、ただそれだけなのになぜか学園内の空気が違う気がしたのだ。
不穏を感じながら遠目に男爵令嬢の姿を確認するが、やはりひとりだった。もしかしたらオスカーになにかあったのかもと思い男爵令嬢に近付こうとしたそのとき、男爵令嬢が男たちに囲まれて連れていかれたてしまった。わたしが咄嗟に物陰に隠れると、周りの生徒たちが話しているのが耳に届いた。
なんと、あの男たちは衛兵で男爵令嬢は公爵令嬢を陥れた罪人として連れていかれたのだというではないか。
急に怖くなってきたわたしはそのまま踵を返し、国王に用意してもらった高級宿のわたし用の部屋に引きこもることにした。
それから2日?いや3日ほど過ぎただろうか。何事もない静かな時間のおかげでやっと心を落ち着かせることができた。
そうよね、わたしはエルドラ国の王女だもの。たかが公爵令嬢にちょっぴり嫌がらせしただけで罪人になったりするはずないじゃないか。わたしったらなんて馬鹿なんだろう。きっと目の前で男爵令嬢が捕まった場面なんかを見てしまったからショックを受けてしまったんだろう。すると安心したからか急に空腹を感じてしまった。そういえば、ほとんど何も口にしていなかった。こんな時に侍女たちは何をしているのか。わたしがショックを受けているならすぐさま慰めるべきなのになんて役立たずなのか。と、ホッとしたのも束の間、何もしてくれない侍女たちに怒りを感じたその時になってやっと異変に気付いたのだ。
「……あれ?そういえば侍女たちがいない……」
まず、部屋の中にエルドラ国から連れてきた侍女たちの姿が見えなかった。わたしが不自由しないようにとお父様が用意してくれた優秀な侍女たちは、これまでわたしが立ち上がればすぐに側に現れていたのにどこにもいないのだ。この部屋はもちろん、侍女たちの待機部屋や風呂やトイレ、クローゼットの中にも。それに、わたしに逆らえないくせにいつも小言の煩かった使者たちもいない。
その時、部屋の扉が数回ノックされた。あぁ、帰ってきたのね。まったくこのわたしを放ってどこで油を売っていたのかしら。これはお父様に言い付けてお仕置きしてもらわくてはいけないわ。
それとも、もしかしたらオスカーが迎えに来てくれたのだろうか?そう思ったら一気に気分が明るくなった。
だってお邪魔虫の男爵令嬢は捕まったし、よく考えたら公爵令嬢が学園にこなかったのは
ふふふ、まるであの女は物語に出てくる“悪役令嬢”ね。あの女を断罪して真実の愛で結ばれるなんて素敵だわ!
わたしは手櫛で髪を整え鏡をちらりと見る。少しやつれた感じが儚い雰囲気でよりこの物語を栄えさせそうだと思った。こんな時でもわたしはやっぱり美しい。
意気揚々と扉を開けた。もちろん、目尻に涙を浮かべて。だが、わたしを待っていたのはオスカーでも侍女たちでもなくこの国の衛兵たちだった。
「わたしを誰だと思ってるの?!あんたたちと違って高貴な存在なの!わたしは、フリージア・ヴァル・エルドラなのよ!エルドラ国の第三王女よ!?みんなに愛される存在なんだから……!」
わたしの腕を掴んで部屋から連れだそうとする無礼な衛兵たちに怒りを感じた。やっと邪魔者が消えてわたしとわたしにふさわしいオスカーが結ばれる時が来たのに、なんでわたしが連行されなければいけないのかと。
すると衛兵が1枚の紙をわたしの目の前に広げて見せてきた。そこには、わたしを絶望に突き落とす一文と見覚えのある父王のサインが書かれていたのだ。
「そのエルドラ国から“その者は王籍を剥奪し追放したので好きにしていい”とお達しがありました」
「うそ……」
「あなたはもう王女でも、高貴な存在でもありません。抵抗するならそれなりの対応をさせていただきます」
剣先を向けられ、さっきまでの夢見心地がいっきに冷めていく。
「ま、待って……!そうだ、オスカーに……この国の第三王子に言って!彼はわたしを愛しているの!だから、わたしの名を伝えてくれれば……」
「オスカー殿下は現在謹慎の身です。発言も行動も陛下より禁じられておられますが……取り調べのさい、オスカー殿下はあなたのことなど知らないとおっしゃられておりましたよ。あなたが王女だったことも、名前すらも記憶にないと」
「え……」
衛兵の冷たい言葉にわたしはその場に崩れ落ちてしまった。あんなに長い時間を一緒に過ごして、あんなにオスカーの話に耳を傾けたのに。と愕然としてしまう。
わたしがエルドラ国の王女であることどころか名前も記憶にないってなに?まさか、本当は
オスカーこそがわたしにふさわしい人だと思ったのに、名前すら覚えられていないんじゃわたしのプライドはズタズタだった。しかもお父様からも見捨てられてしまったようだ。あの手紙に書かれた一文が全てを物語っている。それは1番恐れていたひと言だった。
『お前にはもう価値がない』と。
まさかあの公爵令嬢がエルドラ国にとって重要人物で、彼女を陥れようとしたことがお父様の逆鱗に触れるなんて思いもしなかった。だってそんなの誰も教えてくれなかったじゃない。ただ、わたしは美しいから許されるのだと、わたしには価値があるのだと……。そう言ったでしょう?ねぇ、お父様────。
こうしてわたしは引きずられるように連れられ、冷たい牢獄に押し込まれてしまったのだった……。