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第15話 シラユキ皇女のこと①




「なんてことなのかしら……」


 ここは倭国。空が白み始めた明け方、国鳥にわとりが朝を告げる為にけたたましく鳴くと共に皇女であるシラユキは緊急の手紙を受け取る。そしてそれを読んだシラユキは驚愕することになるのだった。







***




「まぁ、なんてことかしら」


 その日、通常ならば馬車で数日はかかる道のりを早馬を使って不眠不休の全速力で駆け抜けて新記録を打ち出してきた者がいるという知らせが届いた。もちろんその記録にも驚いたが、その使者はその手紙を渡すとげっそりとしながらも満足気な顔でその場に倒れてしまったのだとか。それだけならこんな朝早くから皇女の部屋に知らせなど来ないだろうが、ラース国からの緊急の案件となれば話は別である。


「こ、これは……!」


 ラース国からだと聞いてシラユキは急いで中身を確認した。セレーネに頼むでもなく早馬を使うということは、まさかセレーネの身に何かあったのではと心配になってしまったのだ。


そして、心配した通りにその内容はセレーネに関することだった。


 シラユキは長い黒髪を邪魔にならないように結い上げると、セレーネに黒曜石のようだと称賛された瞳を鋭くして周りに控える者たちへ指示を出した。セレーネの一大事だと知ればこの国の人間が動かないわけがない。それほどにセレーネは倭国にとっても大切な人間なのだ。


「今から隣国へ使者を!わたくしの大切なセレーネ様を害した隣国の王女の罪を必ず認めさせますわよ!」



 シラユキはこの倭国の皇女であり、ラース国の第一王子アレクシス王太子の婚約者でもある。


そして、セレーネの親友なのだから。













 シラユキがセレーネと初めて出会ったのは今から8年前のこと、当時シラユキは11歳だった。


 この時シラユキはとある国の第一王子の婚約者候補として選ばれていて、もうすぐ顔合わせの日が控えていた。倭国から出たことのないシラユキにとって文化も言葉も全然違う国に嫁ぐなど不安でしかなく、顔も見たことのない婚約者に会うために向こうの言葉を勉強するだけの日々が続くのにも辟易としていた。しかも自分の他にも数人の候補がいるらしく競わなくてはいけないらしい。シラユキが選ばれれば倭国がさらに栄えるだろうと大人たちは張り切っているが、当の本人はあまり乗り気ではなかった。


 そんな日々が続き簡単な会話が出来るようになった頃、とうとう顔合わせの日が来てしまった。倭国からその国へは馬車で数日はかかる。子供にとってはかなりの距離だしいくら馬車に乗ってるだけとはいえ疲労も溜まる。これでもし婚約者の方が嫌な人だったらどうしようと思うと胃痛すら感じていた。


「……もうすぐ着いてしまうわ。どうしましょう…………」


 婚約者に選ばれなかったのならばそれはそれでもいい。またこの道のりを折り返すのは大変だが帰るだけだからだ。これから行く国は倭国とは髪色も瞳の色も全然違うと聞くし、もし話し方が変だったら馬鹿にされるかもしれない。と憂鬱だった。


 その時のシラユキは物語が好きで色々な本をよく読んでいたのでその内容に影響されていたのもあるかもしれない。


 そんな不安だらけで行われた顔合わせ。


「はじめまして、アレクシスと申します」


 目の前に現れたその人はプラチナブロンドの髪と本でしか見たことのない蒼い宝石のような瞳をした同い年の王子殿下だった。まるで物語に出てきそうなアレクシスにシラユキはひと目で心を奪われるが、それは他の婚約者候補の少女たちも同じようでみんな顔を輝かせていた。


 そしてキラキラと輝く婚約者の姿に自分が急に恥ずかしくなった。こちらに到着して身支度は整えたものの、何日も馬車に揺られて疲れ果てた自分の顔はきっと酷いものだろうと思うと泣きたくなってしまったのだ。


 それに、こちらの国の正装は倭国とはまったく違っていて用意されていたドレスは初めて見るものばかりだった。ドレス自体は確かに素敵だったが自分の黒髪や黒い瞳が浮いているようにも見える気がして、一度そう思うと思考はどんどん悪い方へと進んでしまう。他の婚約者候補たちはみんなドレスがとても似合っているのに自分は地味過ぎるのではとさらに落ち込んでしまった。


「は、はじめてましテ。シラユキと申しましタ」


 それぞれがひと言づつ挨拶をしていき、シラユキの番になった。緊張しながら頭を下げればアレクシスは天使のような微笑みをシラユキに向けてくれる。


「こちらの言葉がお上手ですね」


「べ、べんきょー、するした。でも、はつおん、にがて……ゆるす、ください」


 勉強してるときはもっと流暢に発音できていたのだが、今は緊張と恥ずかしさで舌がもつれる感じがした。こんなことでは嫌われてしまうかも……。そう思いうつむいた時。




「クスッ……なにあのしゃべり方。まるで田舎者ね」




 室内に小さな笑い声が響いた。するとアレクシスたちの周りにいた婚約者候補の少女たちが一気に焦った顔色を見せ始める。誰かがシラユキの発音を笑ったのだ。思わず呟いた陰口がこんなに部屋に響くとは思ってなかったようでそれぞれがお互いに罪を擦り付けあっている。いくら同じ婚約者候補同士だとしても、倭国の皇女を堂々と馬鹿にしたとなればそれなりに問題となってしまうからだ。


 そしてシラユキは、やはりおかしな発音だったのだと恥ずかしさに耐えられなくなり「ごめんでした……!」と、その場を逃げ出してしまった。


「シラユキ皇女……!」


 アレクシスはシラユキの後を追おうとしたが、逃げ出したシラユキに対して「まぁ、王太子に対して不敬だわ。これだから田舎者は……」と自分たちの罪を棚に上げて再び陰口を口にした婚約者候補たちに鋭い視線を向けてからその光景を黙って見ていた国王にこう言った。


「父上、僕はシラユキ皇女を追いかけます」


 それだけ言い残し走り去る息子の姿に国王は「なるほど」と頷いたらしい。ついでに追記すると、シラユキと一緒に来ていた倭国の使者たちは血の気が引いた顔をし慌てて国王に頭を下げ、アレクシスが発言する前にシラユキを追いかけた。が、シラユキの行動にもう自分たちの命はないと悟っていたそうだ。




 とんでもない事をしてしまった。とシラユキは後悔が渦巻き混乱していた。いくら言葉の発音を笑われたからって挨拶の場を逃げ出すなんてことはあってはならない。これでは婚約者に選ばれるどころかこんな恥ずかしい皇女を送り込んできたとラース国から訴えられるかもしれない。


 そう思いながらもシラユキの足は止まらず、どこをどうやって進んだのかいつの間にか庭へたどり着いていた。その時、木陰で体を小さくしているとすぐ近くから声が聞こえたのだ。






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