刻は今から少し遡る。セレーネが王太子でもある腹黒第一王子と直接対決をしているまさに同時刻、とある温室に作られた特別なティールームにて
その温室は王城の広い庭の片隅に存在し、王妃が愛でるためだけに取り揃えられた色とりどりの季節外れの花が咲き乱れている。そしてその温室の一番目立つ場所には、王太子の婚約者であるシラユキ皇女から贈られた倭国を代表する花……“サクラ”と言う名前のついた淡い桃色の花を咲かせる珍しい樹木が植えられていた。
遠く離れた倭国からこんなにも立派な樹木を運んでくるなど到底不可能なはずだったが、それは
そして、そこから毎年これでもかというほどの素晴らしく美しい花を咲かせたてきたこの“サクラ”は王妃にとってなくてはならないものになった。全てはセレーネのおかげだと、それからというものセレーネは王妃の特にお気に入りの人物として周知されている。
その王妃本人……カトリーナは神妙な面持ちで目の前にいる人物に頭を下げた。いつも輝いている明るい金髪とブルートパーズのようだと言われていた瞳が心なしかいつもよりくすんで見えた気がしたのは気のせいではないかもしれない。
「うちのバカ息子が、本当にごめんなさい。リディア」
「カトリーナ様、あなたが頭を下げる必要はありませんわ。────オスカー殿下についてはあの顔面を地面下にめり込ませても足りないくらいですけれど」
にっこりと微笑む女性は軽く結んで垂らしたセレーネと同じ蜂蜜色の髪を揺らして笑みを見せた。だがその空色の瞳は決して笑っていない。例え相手が王妃だろうとだ。
彼女の名はリディア・カタストロフ。カタストロフ公爵の妻でありセレーネの母親である。ちなみに王妃とは幼少期からの親友でありいわゆる幼馴染みの仲だ。昔からこうやってふたりでお茶会をしていた親友なのだが、本来ならいくら親友であろうとも公爵夫人が王妃にこんな砕けた態度をとったりましてや頭を下げさせるなどもってのほかである。だが、ふたりきりの時は無礼講となっている。もちろんそれは王妃自身がそう望んだことでもあった。実はこのふたり、学生時代にはそれこそ王家を巻き込んだ騒動を起こしたり学園の決め事を変えたりと、
だが、いつもなら和やかなお茶会はいまやピリピリとした空気を漂わせ楽しい雰囲気とは程遠い。もちろんその理由はオスカーのせいであった。だからこそカトリーナ王妃は母親として頭を下げていたのだ。
「それでね。陛下に娘の婚約破棄についてご相談に行ったうちの旦那様が全然帰ってこないのだけれど、もしかしなくても陛下が離してくださらないのかしら?先触れもなく出向いた旦那様も悪いと思うのだけれど、伝言もなく外泊させる陛下もどうかと思うのよ」
「ごめんなさい!実は陛下ったら子供のように駄々をこねてしまって、カタストロフ公爵を困らせているみたいなの。わたくしが事態を把握した時にはすでに手遅れだったのよ。まさか息子たちにまでセレーネちゃんを説得するように頼んでいるだなんて思わなかったわ!いくらカタストロフ公爵とは旧知の仲だからって、どれだけ恥を上塗りする気なのかしら……」
「あら、カトリーナ様は婚約破棄に反対なさらないの?てっきりセレーネの事を気に入っているとばかり思っておりましたわ」
「それはもちろん気に入っているわよ!でも、セレーネちゃんはわたくしにとって大切な親友の娘であり義娘になるシラユキちゃんの親友なのよ!それと、なによりも倭国との友好関係を結びつけてくれたこの国の大恩人でもあるわ。それに知っているでしょう?わたくしが浮気男という生き物がどれだけ嫌いかを!
たとえ実の息子であろうとも……いいえ、我が息子だからこそ極刑に値するわ!」
「そうですわね。よく知っていますわ」
浮気とは殺人の次に罪のある愚かな行為である。が、カトリーナ王妃の持論なのだ。それは学生時代から掲げている信念でもあった。学生時代にその信念のせいで起こった歴史的大問題があったことを思い出し、リディアは苦笑した。今となっては懐かしい思い出だがあの頃はそれなりに苦労したものである。そう言えばその頃にまだ王太子だった陛下とも一悶着あったなと、リディアが昔の事を考えているとひとり興奮したカトリーナが拳をテーブルに叩きつけていた。
「しかもオスカーったら、セレーネちゃんを罵ったあげくにあんな男爵令嬢を選んだですって?!さらにはうちの次男を馬鹿にして婚約を破談にしたあの隣国の王女を侍らせてるなんて、一体なにを考えてるのかしら!?」
「もしハルベルト殿下がが訴えるのをやめるように進言しなければ国家間の問題にしていたところだと言っていましたものね」