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第8話 馬鹿なこと①

※オスカー視点



「婚約破棄でよろしいです。と申しました。どうぞ、運命の方とお幸せに」


 セレーネはそう言っての綺麗なお辞儀をした。だがその瞳は笑っていない。一体どうしたんだ?!と理由がわからずにいたら、セレーネはそのままドレスを翻して立ち去っていってしまった。


「セレーネ……?!」






 セレーネは公爵令嬢でこの国の第三王子である俺の婚約者だ。きらきらしている蜂蜜色の髪も海の奥底のようなダークブルーの瞳も、そしてその顔立ちもとても美しいと評判の俺の自慢の婚約者だ。しかも学園では成績だってすっごく優秀なんだ!それも全ては俺を支えてくれる為だと知って、俺はめちゃくちゃ嬉しかった。だから俺はセレーネに愛されるために頑張っていたのに……。



 その時のセレーネの目は、なぜか死んだ魚のように濁って見えた。表情も硬く、黙って俺の話を聞いてくれて、何を言ってもにっこりと微笑んでくれているセレーネが笑ってくれなかったなんて初めての事だった。



 しかも婚約破棄でいいって、どうゆうことだ……?


 俺はその意味がわからなくなって、その場に立ち尽くすことしかできなかったのだった。







***







 セレーネと俺は3歳の時に婚約した。くりくりとした大きな瞳が可愛い同い年の女の子だった。


 セレーネは動物好きの心の優しい女の子だった。あの頃は俺と会う時もいつもペットを連れてきていて、傍らに置きその柔らかな毛並みを撫でていることが多かった。


 セレーネのペットはちょっと苦手だったが、俺といるのにあまりにペットばかり構うからいじわるをしたくなって「ぼくも」とちょっかいをかけたら、にっこりと笑顔を向けてくれた。俺はその笑顔に一目惚れしたんだ。


 俺は幼い頃は運動が苦手だったし、どちらかというと人見知りで引っ込み思案な性格だったんだ。だがセレーネがそんな俺を気遣ってか、小枝を投げてそれを追いかける走り込みの特訓などをしてくれたおかげで早く走れるようになったし木に登るのも上手に出来るようになった。発声練習もしてくれたからよく声も届くようになったし、なんだか視力まで良くなったのではるか遠くまでなんでも見えるようになったんだ。腹の底から大声を出すとストレス発散になるし、気分がスッキリすることも教えてくれた。


 元々の俺は物覚えが悪くてよく家庭教師に叱られていたんだが、そんな俺にセレーネは根気強く何度も何度も教えてくれた。時に厳しく、時に優しく……。セレーネが教えてくれたから俺は頑張れたんだ。生まれて初めての達成感は素晴らしいものだった。勉強は今でも苦手だけど、運動なら誰にも負けない自信がある。これも全てはセレーネのおかげ……彼女は俺の女神だ!


 そして俺が頑張ると、優しい笑顔で「殿下は犬がお好きなのね」と頭を撫でてくれたんだ。どうやら同じ動物好きだと思われてるらしい。その笑顔がとてつもなくかわいいと思った。本当は犬や猫が特別に好きなわけではなくてセレーネが好きなんだ。と言いたかったけど恥ずかしくて言えなかった。


 セレーネのペットに勝手に触ろうとしたときは危ないからと俺を止めてくれたっけ。いきなり右から左にぶん投げられた時は驚いたけど、なんでもそのペットは人見知りで慣れていない相手には噛みついてくることがあるらしい。いつもペット優先のセレーネが始めて俺を優先してくれた瞬間だ。俺がケガをしないように心配してくれるなんて、なんて優しいんだろうと感動した。やっぱり女神だ!




 そんなあるとき、侍女に俺のことを聞かれて「馬鹿な子ほど可愛いと言いますでしょ?」とセレーネが言っていたのが聞こえた。


 その時俺は閃いたんだ。そうか!俺がバカなことをするとセレーネに可愛いと思われるのか!と。


 確かに俺は年上の婦女子からいつも「かわいい」とモテていたし、セレーネにも、もっと可愛いと思われたい!


 それから俺は“馬鹿なこと”を率先してやることにした。



 ある時、俺がセレーネの気を引きたくてつい「婚約破棄だ」と口にしてしまったことがあった。もちろんそんなの本心じゃない。というか、絶対に婚約破棄なんかしたくない。だが、心の中で焦っている俺に向かってセレーネは「馬鹿なことを言ってはいけませんわ」と俺を窘めたのだ。ぷんすかと頬を膨らますセレーネのなんと可愛いことかと感動してしまった。そして、その時にわかってしまった。


 つまり、俺が「婚約破棄」と口にするとセレーネには俺は鹿にうつるわけだ。


 セレーネは確か「馬鹿な子ほど可愛い」と言っていた。と言うことは……。


 俺はセレーネにとって、“可愛い婚約者”なのだ!


 セレーネは俺を愛してくれている。愛されているんだ!セレーネは“可愛い”俺が好きなんだ!!




 それから俺はあらゆる“馬鹿なこと”をした。


 セレーネに会うたびに“馬鹿なこと”をしてはセレーネが反応してくれるのが嬉しかった。どんどん過剰になってしまった気もしていたが簡単には止められない。セレーネだってきっと俺の気持ちをわかっていてくれているはずだし、このやり取りをする度に愛が深まっている気もしていたのだ。


 しかしだんだんとセレーネの反応が薄くなるのがわかる。昔は怒ったり叱ってくれたり、それこそ呆れたように笑ってくれていたのに、最近はあまり表情に変化がなくなってきた。


 もしや、今の俺はセレーネにとって“可愛くない”のではないか?と思ったら不安にかられてしまったのを今でもよく覚えている。そんな時に1番上の兄上に「女性は見た目を誉められると喜ぶものだぞ」と教えてもらったのでさっそくセレーネを誉める事にした。婚約者に甘い言葉を贈るのは男として当たり前のことらしいからな!


 彼女の髪をひと房つまみ上げて、この髪の素晴らしさを伝えようと言葉を考えた。緊張して手汗が酷かったからつい手に力がこもってしまい髪がピン!となってしまったがセレーネは何も言わなかったので大丈夫だろう。






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