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第4話 お茶会①

〈断捨離〉とは、不要な物を〈断ち〉〈捨て〉、物への執着から〈離れる〉ことである。




***








「“断捨離”という言葉を知っておられますか?倭国で流行っている言葉なのですけれど、調べてみたらとても面白いと思い共感いたしましたの。ですから私……オスカー殿下のことを断捨離しようと思ったのですわ」


「……“断捨離”ですか。初めて聞きましたが、確かに意味を知ると深層心理を表現した面白い言葉ですね」


 オスカー殿下の浮気発覚からの婚約破棄宣言をされた翌日、本来なら今日は学園へ行かねばならない日なのですが特別にお休みをさせて頂く事にしました。1日くらい休んでも勉学に支障はありませんわ。領地経営の勉強と一緒に授業の先の先くらいまでならとっくに習得しておりますので、学園での授業は私にとっての復習ですわね。


「ええ。頑張って調教したのに覚えた芸も忘れて他所のメスに尻尾を振るばかりか噛み付いてくる婚約者などもう不要だと判断いたしまして……捨てる事にしましたの。公爵家に王家の血を入れたがっていたお父様たちには申し訳ないとは思うのですけれど、オスカー殿下を入婿にしたいという執着から離れていただくことにしたんですわ」


「貴女はそれでいいんですか?カタストロフ公爵令嬢。あなたとは3歳からの婚約者でしたし、の見た目はとても女性に人気があると聞きましたが……」


 私の目の前にいる男性は優雅な所作でティーカップを口に運びました。流れるような手の動きは完璧ですわね。これがオスカー殿下だったら作法など気にせずにお茶をがぶ飲みしているところですもの。周りの令嬢達は「そんなところがワイルドでギャップ萌え♡」だと黄色い声を上げておりますけれど、見た目ばかりで礼儀作法がポンコツのオスカー殿下のどこに萌えれば良いのか未だに理解できませんわ。


 え、誰とお茶会をしているのかって?


 オスカー殿下のお兄様……第二王子のハルベルト殿下ですが、なにか?


 実は私、第二王子とはお茶友達ですのよ。幼馴染みでもありますしね。本日は我が公爵家の客間で急遽お茶会をいたしておりますわ。もちろん各々が信頼している侍女や執事も待機してるのでふたりっきりではありません。ハルベルト殿下は私より2歳上で、とても博識な方なのです。落ち着いていらっしゃるので大人っぽい雰囲気な殿方ですわ。学園では最上学年ですので先輩でもありますわね。ちなみにハルベルト殿下はとても優秀で、すでに卒業までの単位を取得されておりますのよ。ですので私に付き合ってお休みしても支障はないと、こうしてお茶会をしてくださってるのですわ。ありがたいですわね。


私はカップを置き、深いため息をつきました。


「確かに見た目は人気がおありのようですわね。私も学園ではたくさんの女生徒から嫉妬されて嫌がらせや脅迫をされてきましたもの。……あぁ、そういえばこの間も見知らぬご令嬢がやってきましたわ。突然何も無い所で転んでしまわれたと思っていたら私が突き飛ばしたと大騒ぎし出して『あなたみたいな性悪女にイケメン王子はもったいないから彼とは婚約破棄しなさい』とか言われましたの」


もちろん「王命の婚約なので、陛下に言ってください」とお返事しておきましたけれど。結局あの方はどなただったのかしら?



「……相変わらず女性を惑わす弟ですね。ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ないです」


「迷惑だなんて、そんな……」


 少し複雑そうに笑うハルベルト殿下はご自分の見た目にコンプレックスを抱いていらっしゃいます。実はハルベルト殿下は王家特有の色を持たずにお生まれになってしまったのですわ。灰色がかった銀髪も紺色に近い濃いアクアブルーの瞳も『くすんだ色、濁った色』だと自虐し、なによりも色白なご自分の顔にそばかすがあることを気にしていらっしゃるのです。


 ちなみに王家特有だと言われているプラチナブロンドの髪とグリーンエメラルドの瞳は確かに王家の血筋の人間によく出てくる色ではありますが、時には違うお色で生まれる方も存在します。それは決して王妃様が不貞を働いたとかハルベルト殿下が養子だとかなどと言うことはなく、どうやらハルベルト殿下は前王太后様……殿下達の曾祖母様にそっくりでそのお色を受け継いだのだとか。賢妃と名高かった前王太后様ですが、やはり肌が弱く公務に苦労なされたと聞いています。しかし隔世遺伝にて優秀な遺伝子を受け継いでいるのですから、決して劣っているわけではありませんのに……。ですが、世間ではオスカー殿下を“美しい輝き王子”、ハルベルト殿下を“くすんだ地味王子”なんて揶揄している愚かな輩がいることも事実なのです。


 私はハルベルト殿下のその色味、とても落ち着くので好きなのですけれど。お顔のそばかすだって元々肌が弱くていらっしゃるのに領地に赴いて日焼けしてしまったせいですわ。強い陽射しを浴びすぎると火傷したように肌が荒れてしまう体質だなんて、これまでもどれほどのご苦労があったことでしょう。そんな体質にも向き合って前向きに頑張っておられるのに、どうして誰もハルベルト殿下の魅力がわからないのかしら。


「ハルベルト殿下が頭をお下げになる必要はございませんわ。それに、実際に惑わされているのはオスカー殿下です。ご自分がモテているからと自慢ばかりなさって、男の価値は付き合ったメスの数だなんて本気で思っているのなら家畜の小屋にでも放り込んでやればいいのです。まぁ、家畜のメスにお相手にされるかは知りませんけれど」


「相変わらず手厳しいですね」


 ふふっ、と静かに微笑むハルベルト殿下の姿に少しだけホッとします。やっぱりハルベルト殿下は笑っていらっしゃる方がいいですわ。


 しかし「あっ」とあることを思い出しました。こんな風に私とハルベルト殿下がお茶会をするのはいつものことなので気が付くのが遅れてしまいましたわ。


「あ、あの……そういえば、ハルベルト殿下は先日、婚約者が決まったのではなかったですか?確か隣国のエルドラ国の王女様と顔合わせをおこなったとお聞きしましたが……」


 私たちの友好関係を知ってる方々は今さら気にしませんが、その婚約者の方から見たら自分の知らない女性と婚約者がお茶会とはいえ自分抜きで会ってるなんて嫌がると思います。私とハルベルト殿下は幼馴染みではありますけれど、その隣国の王女からしたら関係ありませんもの。私と会っているせいでハルベルト殿下の不貞を疑われたりなんてしたら申し訳無さ過ぎます!





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