「セレーネ!今日こそは本当にお前と婚約破棄するからな!」
その人物は鼻息を荒くし、なにやら期待した顔で私を指差しました。王家特有のプラチナブロンドの髪とグリーンエメラルドの瞳。容姿だけならば完璧なこの国の第三王子オスカー殿下は今年で私と同じ15歳になります。まぁ、その中身は婚約をした幼少期とほぼ変わっていない気はしますが。
「……
私は飲みかけのお茶を置き、耳にタコが出来る位に聞かされてきた台詞に内心ため息をつきました。そう、この茶番は始めてではないのです。
実は私の婚約者であるこの第三王子は口癖のように何かあれば「婚約破棄する」と口にするのですわ。
そして毎回、
だいたい私たちの婚約は親同士が決めた政略結婚なのですよ?王家と我が家公爵家の契約でもあるのですから、そんな
そして毎回お約束のように私の返事は聞かないですし、もちろん自分から
最近は面会の度に今日はどんないちゃもんをつける気なのかと考えるとつい辟易してしまうのですが許してほしいです。なにせ、顔を合わせて挨拶もなしに
もちろん第三王子と公爵令嬢の面会ともなればいくら婚約者同士とはいえ二人きりになることはありません。毎回王家の薔薇園にあるガゼボで実施されているのもあって王家に仕える使用人達がズラリと並んでいます。私の侍女達も側に控えていますし、オスカー殿下の発言に対する証人は山程いるのです。もしかしたらオスカー殿下の目は節穴で使用人達の姿が認識できていないのでは?と真剣に考えたこともあるほどですわ。
……ですが、確かにまだ陛下も含め私のお父様たちにはこの事はバレていません。なぜなら私が報告していないからです。オスカー殿下は陛下たちにバレていないから平気とばかりに婚約破棄と撤回を繰り返しているようですが、使用人や侍女たちにも口止めしているのは私なのです。何故かと言えば、数日で撤回するのがわかってるのに毎回手続きをやり直すは面倒くさいのですわ。もし言う通りに破棄したとしても陛下なら多少のいざこざなどすぐに握り潰して絶対にオスカー殿下と私を婚約者に戻そうとするでしょうし、その度に再婚約なんてしていたらキリが無いですもの。子供の戯言だと思って(同い年ですが)叱るだけにせずに、もっと最初の頃に訴えておけばよかったと後悔のため息が出そうです。
それに言い付けたとしてもオスカー殿下のわめく理由では婚約破棄出来ないでしょう。まぁ理由にもよると思いますが、陛下はオスカー殿下に対してとても親バカですからあまり期待は出来ません。せめてお父様には言い付けてもよかったのかもしれませんが、そんなくだらない理由でイチイチ言い付けるのも馬鹿馬鹿しいとですし。オスカー殿下はなんというか
まぁ、三歳の時からの付き合いですし、昔はよく一緒に遊んだものです。小枝を投げて「とってこい」をさせると私の愛犬ルドルフよりも上手にとってきたものですわ。懐かしい思い出です。その頃の私は自分がひとりっ子だったせいかオスカー殿下を見ているとついお節介をやきたくなりお姉さんぶってしまっていましたっけ。あぁ、でもやっぱり末っ子で甘やかされて育ったせいかわがままになってしまったようですわね。昔あんなにちょうきょ……ゲフンゲフン。色々と教えて差し上げたのにすっかり忘れているようですもの。
なにせ第一王子はとても優秀で王太子として次代の国王に決定しておりますし、第二王子はその補佐役として今から才能を発揮してますから第三王子に出る幕はないのです。それも踏まえての私との婚約だということをわかっていないのでしょうか?オスカー殿下は私と結婚して公爵家に入婿してもらうことになっています。私が女公爵となりオスカー殿下にはサポートに回ってもらう予定なのです。これで王家と公爵家の絆がより深まると国王陛下とお父様が喜んでおられました。だから、少しくらいのわがままは我慢していましたのに……。
そうして、いつものように何も言わずに黙っている私にオスカー殿下は得意気に今回の婚約破棄の理由を言ってきました。もう私を貶す言葉は聞き飽きたのだけど……と思っていた私の耳にはとんでもない台詞が届いたのです。
「俺は運命の相手を見つけたんだ!ヒルダはスタイルもいいし楽しいことを教えてくれるんだぞ!すごいだろう?!」
「は?」
その得意気な顔を見て、私の中で何かがブチ切れた気がしました。
そうですか、浮気ですか。ヒルダ様と言えば最近学園でオスカー殿下とやたら距離が近いと噂されてる男爵令嬢ですわね。そう言えば、ついこの間もヒルダ様から「オスカー殿下とは
へぇ、そうだったんですか。スタイルの良いアバ○レにそんなに楽しいことを教えてもらったんですか。それはそれは……よかったですわね?
こんなにイラッとしたのはいつぶりでしょうか。理不尽な思い出なら数え切れない程ありますが。
「……承知いたしました」
「へ?」
私がそう言うと、オスカー殿下はなぜかきょとんとした顔をしています。もしかして私が取り乱すのを期待していたのでしょうか。それともまさか、オスカー殿下に泣いて縋るとでも?そうだとしたらなんて馬鹿なのかしら。
「婚約破棄でよろしいです。と申しました。どうぞ、運命の方とお幸せに」
「えっ、ちょっ、セレーネ?!」
私は完璧な淑女のお辞儀をし、その場をあとにしました。もちろんそのままお父様の元へ行くためです。書類を揃えてからなんて悠長な事など言っていられません。もう、1秒だってこの場にはいたくなかったのですもの。
婚約破棄を言われ続けて今回で101回目。しかもその理由はオスカー殿下の浮気でした。確かに私たちは政略結婚の為の婚約者ですしお互いに恋愛感情なんてありません。ですが、お互いを思いやる“情”はあったはずです。自分の非を認め、穏便に婚約を解消するならまだ理解出来ます。ですがきっと今回も私に責任を押し付ける気なのでしょう。“自分は悪くない。セレーネのせいだ”。オスカー殿下は都合が悪くなると顔を反らしていつもそう言ってましたもの。
そう思ったら我慢できなかったのです。逆に今まで我慢していたことを誉めて欲しいくらいですわ。