「バカぁ~!!」
いきなり頬を鞭で打たれた。
ここは作戦室。俺は無事にアジトへ戻ると、報告に出頭したのだが。果て? 跡でも付けられたか?
「あたしは殺せと命じた筈だ!! それが何だ!!? 提携!!? ふっざけんじゃねえーーーー!!!」
ああ、そっち。
バシシと二度も打たれた。だが、科学者の非力だ。顔の皮がえぐれ、血が吹き出るも、それは万能再生細胞のおかげで、即座に止まる。
髪を振り乱し、壇上から半ば降りかけた位置で、オーガスタ博士は肩で息をする。
運動不足だな。
研究室にこもってばかりいないで、少しは外で散歩でもしろ、と言いたいところだが、それは火に油だろう。俺は冷静な男だ。脳改造を受けた俺には、同情や憐憫、そう言った下らない感情は一切ない。
「少しは運動しないと太りますよ、博士」
「うきいいいいいいいい!!!」
バシシバシバシ!!!
俺は即座に皮膚を硬化させ耐えきった。振り回した鞭が博士の手からすっぽ抜けてカラカラと床に転がり、博士自身もひいひいと階段部でへたり込んでしまった。完全に運動不足だな。
「博士。今度、一緒にトレーニングしますか?」
「う、うるさい……」
声を出すのもやっとでは無いか。やれやれだ。
すると、唐突に作戦室の灯りが明滅し、壇上のエンブレムから総統のお声が流れ出した。
俺は姿勢を正して、聞き入った。
何という甘美な響き。渋カッコイイとはこの事だろう。俺はすっかり心酔する。
「そこまでだ、オーガスタ博士。無駄な事は止めろ」
「そうです」
俺はこくりこくりと頷いた。
「くっ……ですが総統! あの銭亀という男は危険です! 即、始末するべきです!」
「それを判断するのは、私だ。お前では無い」
あ、これはないわ~。博士は顔を真っ青にして、唇をぐっと噛みしめている。
這いつくばってわなわなと震える背中は、まるで産まれたての小鹿の様だ。
そして、総統は更なる残酷な言葉を投げつけた。何か流石にもやっと来るな。
「組織に一個人の感情は無用だ。お前は指示された事だけやっておれば良い。判ったな?」
「ぐぐぐ……」
「判ったな!?」
総統は大事な事なので、二回言った。凄い圧だ。総統の言う事は絶対。
「わ……かり……ました……」
「よろしい」
博士はしぶしぶと頷くしか無い。逆らえば処分される。これが我が組織の掟だ。
「ところで、廃棄品第三号。いや、怪人紅サソリ男よ」
「それは私の事で?」
俺は再生怪人。廃棄品第三号が俺の正式な呼称だ。総統は、それを改めてみせた。
俺の中に湧き上がる多幸感。直接声をかけていただけるという事は、大変名誉な事なのだ。脳改造された俺には、その様に脳を操作されている。
すかさず跪いて、お言葉の続きを拝聴した。
「そうだ。今回の件は実に興味深い。組織にとって大変な貢献となるやも知れん」
これは予想外の展開だ。廃棄品である俺が、行動隊長の地位に!?
「お前が持ち帰った映像を見た。相手は素晴らしく高度な技術を持っている様だ。そして、奴らが目にした我が組織のサンプルがお前だ。今のままでは、我々の技術力を低く見積もられる可能性がある。それは今後の交渉によろしくない。そこで組織は、お前を廃棄ナンバーから仮の行動隊長に昇格させ、再強化手術を行う事とした。喜ぶが良い」
「ははあっ!! 喜んで!!」
俺の全身を歓喜の震えが駆け巡る。
正に瓢箪から駒。棚からぼたもちだ。
これは使い捨ての囮任務から、解放されるという事だ。
「あくまで仮だ。だが、その地位は博士と同等とする」
博士はビクッと肩を打ち震わせ、唖然とした表情で俺を見上げて来た。
これからは同等。この様に、一方的に殴打される事も無くなるのだ。
俺は冷めた目で、この哀れな女を見下ろした。博士には復活させて貰った恩義がある。だが、それは脳改造を受けた俺にとって、ただそれだけの事実だ。特別な感情は、無い。
「これからは、同じ立場となる。よろしく頼む。オーガスタ博士」
「五月蠅い!」
俺の差し出した手を、博士は払って、とても痛そうに抱え込んだ。そりゃ、硬化してましたから、痛いですよ?
ふらふらと作戦室から出て行く博士を見送る俺に、総統の新たな命令が下された。
「再強化手術を受けるのだ! 怪人紅サソリ男!」