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第14話『銭亀博士の秘密』


 ずるずると壁際で崩れ落ちるサイボーグを見据えつつも、ゆっくりと俺を静止させた銭亀博士の方へと向き直った。

 こいつ、自分の置かれている状況が判っているのか? いや、何かまだ仕掛けがあるのかも知れない。油断のならない老人だ。


「素晴らしい。実に素晴らしい。君を造ったのはどこの誰かね?」

「それを知ってどうする? 死に行く者が」


 悠然と立つ銭亀博士は、再度小さく手を叩いていた。


「私も色々と研究を重ねて来たがね、君程の怪物を創造出来るその技術力に、大変興味がある。どうだね?」

「何が?」


 俺は足元に転がった、サイボーグの右腕を軽く蹴り上げた。無論、銭亀博士へ向かって。

 普通の人間ならば、この金属塊だ、直撃を受ければ命すら危うい。

 だが、銭亀博士は平然と。


 パアン!!


 腕は空中で弾け、バラバラになって床に散乱した。


「電磁バーリアだよ。これくらい、当たり前だろう? 次は、その背中の物を爆発させてみるかね?」


 どうやら爆弾の事も判っているらしい。その上で言っているという事は、無駄なのだろう。俺は、ゆっくりとリュックを背から下した。


「今の装備では殺し切れないという訳か」

「ご明察だ。私はそこのタキ君の処とも取引をしている。君もその名を聞けば、きっと聞いた事のある組織だろう。科学は金になる。もし、君の所属している組織が望むなら、金額に応じてその技術を供与する事もやぶさかでは無い。また、その逆もだ」

「ブローカー」


 俺の言葉に、銭亀博士はひょっひょっひょと高笑いを発し、実に嬉しそうに首を左右に振った。


「人聞きの悪い事を言う。昨今、技術開発には莫大な金がかかる。幾ら素晴らしい技術を開発したとしても、研究開発費を回収するまでにどれだけの時間と労力が必要だと思う? これはボランティアだよ」


 悪びれもせず、言ってのける銭亀博士に、オーガスタ博士の憎悪の意味が判った気がした。恐らくは、金にまつわるトラブルで、こいつに潰されでもしたのだろう。そして、今の組織に流れついた……


 つまりは。今の俺が居るのは、巡り巡ってこいつのお陰という事か。皮肉なものだな。

 銭亀博士は、実ににこやかに話を続けた。


「どうだね? 私と提携を結ぶ話を持ち帰ってはみないかね? 私はね、世界各国のあらゆる組織と提携を結んでいるよ。例えばだ。今日はそこのタキ君に、試作体のデモンストレーションを行う予定だった」


 そう言って、博士は卓上の一部に手を置いた。


「入って来るが良い」


 壁の一部が開き、ぽっかりと空いた暗い小部屋から、一体の人影が入って来た。

 それは、赤い甲羅に覆われた、どことなく俺に似た化け物だった。両腕は巨大な鋏になっており、如何にも蟹を彷彿とさせるシルエットだ。


「深海の様な高圧下での活動を念頭に開発した生体兵器。アブラガニと人体の融合を試してみたのだよ。どうだね? 君と良く似ているじゃないか? 闘ってみるかね?」


 博士の背後には、深海で活動するこの怪人の様が、次々と映し出される。

 その爪は、何かの基礎部分らしきコンクリート塊を易々と削り取り、鉄骨すらも切り裂いて見せた。次には、航行中の漁船の船底に回り込み、ガラス繊維で出来た船底を簡単に抉り取り、沈没させて見せる。溺れる船員を海底に引きずり込み、次々と溺死させていった。


「この程度の活動はお手の物。海底油田やガス田の警備にはもってこいだ。どんなテロリストも、指一本手出し出来ない。そうだろう、タキ君?」

「お、おっしゃる通りで……」


 何とか立ち上がったサイボーグをねぎらう様に、優しく語りかけるが、実に空々しい。


「では一連のデータを後でお渡ししよう。本国に持ち帰り給え」

「ありがとうございます!」


 何とも気まずい素振りで、そのサイボーグは頭を下げる。その辺りがまだ人間臭い。

 俺は左右を、このサイボーグとアブラガニの怪人に挟まれる形で立っていた。

 が、ゆっくりと構えを解いた。


「俺は帰って良いんだな?」

「勿論。君もこの映像をサンプルとして持ち帰るが良い。細かいデータは渡せないが、判断の材料になるだろう。表玄関から堂々とお帰り願おうか。ああ、その物騒な物は、階段に仕掛けた物と合わせて持ち帰り給え。私には必要の無い物だ」

「ああ。そうさせて貰おう」

「色よい返事を、待っているよ」


 独特の高笑いに見送られ、俺は退室した。なるほど、オーガスタ博士とでは役者が違い過ぎる。まるで死神の様な老人。だが、決定は組織がする事。俺は命令のまま動くだけだ。


 ドアの外では、この施設の研究員らしき人物に、階段に仕掛けた爆弾を返された。

 全部お見通しか……


 俺は、そのアブラガニ男の見送りで、施設の表玄関まで安全に見送られた。



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