扉を開けたその向こうは、大企業の応接室を彷彿とさせた。
突き当りの壁一面はディスプレイとなっており、真夜中なのに南国の海中らしき映像が流されている。
マホガニーの重厚な机。そこには黒い革張りの椅子があり、向こうを向いている。そこから、乾いた小さな拍手が送られて来た。
手前にある応接セットには男が一人。静かに腰かけていた。
黒い上下に、夜だというのに黒いサングラス。黒づくめの男だ。
「良く来たね」
高い背もたれに隠れる様、しわがれた声が俺を歓迎する。
それがゆっくりとこちらを向いた。
銭亀博士その人が穏やかな表情で座っていた。
青白い肌をした、ひょろりとやせこけた老人だ。
まるで中世の貴族か何かの様に、白い燕尾服に襟の高い黒いマントを羽織っている。内側の赤いビロードが、ヤケに毒々しく目に映った。
そこで博士の拍手が止む。
「どこの組織の者か知らないが、先ずは見事な手際だったと褒めておこうじゃないか。で、ユーはここに何しに来たのかな?」
「銭亀博士。お前の命をいただきたい」
弾む様な愉悦を帯びた老人の声に、俺は左腕のクローをまっ直ぐに突き出して告げた。死の宣告という奴だ。
すると、ソファーに腰かけていた男が無言で立ち上がり、ゆっくりと俺と銭亀博士の間へ。
黒いサングラスの向こう、ぶ~んという奇妙な音と共に赤い光が灯り、左右の腕がブスブスと煙を上げ、異臭と共に袖が焼け落ちた。
「これこれ、タキ君。お客さんの君にそうして貰う訳には……」
「いえ、博士。我々としても、日本の大切なコネクションを失う訳には参りませんから」
「フルボーグか? どこの組織のサイボーグだ?」
銭亀博士は口ではそう言ったが、静かに腰をかけたまま、実に楽しそうにこちらを眺めている。
そのタキとやらは、俺の質問に拳で答えた。
「シッ!!」
青白い軌道を描き、左右の腕が人とはかけ離れた速度で繰り出され、俺は小さな動きで弾き返す。ジュッと甲羅の焼ける香ばしい香り。普通の人間ならば、受けるだけでその部位を黒焦げにする熱量が、俺の体組織を破壊にかかる。
が、俺の肉体は体液を循環させ、表層の損傷のみに抑える。
長時間、組み付かれたらヤバい!
咄嗟に弱酸性の弱毒をその顔面に吹き付けた。
「ぐはあっ!?」
人体の皮膚を損傷させる程度の弱毒だ。フルボーグならば意味の無い行為だが、そいつは咄嗟に顔を押さえた。生理的な反応だったとしても、その一瞬で十分だ。
俺は即座に左側面に回り込み、顔をかばう右腕の手首をつかんで背中へと捩じ上げた。
ぎゅううんとモーター音が悲鳴を上げ、青白く熱を発する部位を、そいつの背に押し付けるや、ぶしゅうと派手な音を発て背広が燃え上がる。と同時に、右の膝裏を押して膝まづかせた。
「ぎゃあああ!!」
「弱っ……」
「くっ、こ、殺せ!」
いや、男に『くっころ』されても面白くないな。
そう思った瞬間、男の左腕があらぬ曲がり方をして、背後に立つ俺を殴りに来たので、そのまま蹴とばして前のめりに転がした。
「何だ? まだやるのか?」
そいつは即座に立ち上がり、燃える上着を脱ぎ捨てては、身構えて見せた。
顔面の皮膚は焼けただれ、そこかしこその下にある金属の部位が顔を覗かせている。
相当な技術でこいつは造られているな。だが、まだ身体を完全に操れていない様だ。
「破壊して、持ち帰ってやろう。総統も相当お喜びになる」
「ギャグのつもりか! セ、センス無いぜ!」
「強がりを……」
俺はそいつを追い詰める様、ゆっくりと近付く。
向こうはそれに合わせ、じりじりと後ろへ。だが、それも壁際までの話だ。
「死ね!!」
「くう!」
俺が鋏を振って十字に打つと、両腕でガードするも、右腕の関節が火花と共にもげ落ちる。さっき、無理に捩じ上げたから、関節が痛んでいたらしい。戦闘員よりは遥かに強いが、改造人間の敵では無い。持ち帰れば、博士も喜んでくれる!
「そこまでにして貰おう。タキ君。君はいいから、下がり給え」