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第13話『初めての実戦』


 扉を開けたその向こうは、大企業の応接室を彷彿とさせた。

 突き当りの壁一面はディスプレイとなっており、真夜中なのに南国の海中らしき映像が流されている。

 マホガニーの重厚な机。そこには黒い革張りの椅子があり、向こうを向いている。そこから、乾いた小さな拍手が送られて来た。


 手前にある応接セットには男が一人。静かに腰かけていた。

 黒い上下に、夜だというのに黒いサングラス。黒づくめの男だ。


「良く来たね」


 高い背もたれに隠れる様、しわがれた声が俺を歓迎する。

 それがゆっくりとこちらを向いた。

 銭亀博士その人が穏やかな表情で座っていた。


 青白い肌をした、ひょろりとやせこけた老人だ。

 まるで中世の貴族か何かの様に、白い燕尾服に襟の高い黒いマントを羽織っている。内側の赤いビロードが、ヤケに毒々しく目に映った。

 そこで博士の拍手が止む。


「どこの組織の者か知らないが、先ずは見事な手際だったと褒めておこうじゃないか。で、ユーはここに何しに来たのかな?」

「銭亀博士。お前の命をいただきたい」


 弾む様な愉悦を帯びた老人の声に、俺は左腕のクローをまっ直ぐに突き出して告げた。死の宣告という奴だ。


 すると、ソファーに腰かけていた男が無言で立ち上がり、ゆっくりと俺と銭亀博士の間へ。

 黒いサングラスの向こう、ぶ~んという奇妙な音と共に赤い光が灯り、左右の腕がブスブスと煙を上げ、異臭と共に袖が焼け落ちた。


「これこれ、タキ君。お客さんの君にそうして貰う訳には……」

「いえ、博士。我々としても、日本の大切なコネクションを失う訳には参りませんから」

「フルボーグか? どこの組織のサイボーグだ?」


 銭亀博士は口ではそう言ったが、静かに腰をかけたまま、実に楽しそうにこちらを眺めている。

 そのタキとやらは、俺の質問に拳で答えた。


「シッ!!」


 青白い軌道を描き、左右の腕が人とはかけ離れた速度で繰り出され、俺は小さな動きで弾き返す。ジュッと甲羅の焼ける香ばしい香り。普通の人間ならば、受けるだけでその部位を黒焦げにする熱量が、俺の体組織を破壊にかかる。

 が、俺の肉体は体液を循環させ、表層の損傷のみに抑える。


 長時間、組み付かれたらヤバい!


 咄嗟に弱酸性の弱毒をその顔面に吹き付けた。


「ぐはあっ!?」


 人体の皮膚を損傷させる程度の弱毒だ。フルボーグならば意味の無い行為だが、そいつは咄嗟に顔を押さえた。生理的な反応だったとしても、その一瞬で十分だ。

 俺は即座に左側面に回り込み、顔をかばう右腕の手首をつかんで背中へと捩じ上げた。

 ぎゅううんとモーター音が悲鳴を上げ、青白く熱を発する部位を、そいつの背に押し付けるや、ぶしゅうと派手な音を発て背広が燃え上がる。と同時に、右の膝裏を押して膝まづかせた。


「ぎゃあああ!!」

「弱っ……」

「くっ、こ、殺せ!」


 いや、男に『くっころ』されても面白くないな。

 そう思った瞬間、男の左腕があらぬ曲がり方をして、背後に立つ俺を殴りに来たので、そのまま蹴とばして前のめりに転がした。


「何だ? まだやるのか?」


 そいつは即座に立ち上がり、燃える上着を脱ぎ捨てては、身構えて見せた。

 顔面の皮膚は焼けただれ、そこかしこその下にある金属の部位が顔を覗かせている。

 相当な技術でこいつは造られているな。だが、まだ身体を完全に操れていない様だ。


「破壊して、持ち帰ってやろう。総統も相当お喜びになる」

「ギャグのつもりか! セ、センス無いぜ!」

「強がりを……」


 俺はそいつを追い詰める様、ゆっくりと近付く。

 向こうはそれに合わせ、じりじりと後ろへ。だが、それも壁際までの話だ。


「死ね!!」

「くう!」


 俺が鋏を振って十字に打つと、両腕でガードするも、右腕の関節が火花と共にもげ落ちる。さっき、無理に捩じ上げたから、関節が痛んでいたらしい。戦闘員よりは遥かに強いが、改造人間の敵では無い。持ち帰れば、博士も喜んでくれる!


「そこまでにして貰おう。タキ君。君はいいから、下がり給え」



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