これが民間人の家だと?
要塞だな。
ドーベルマンを連れた黒づくめの警備員が、庭園のそこかしこに散見される。その肩には細い銃身が。顔に暗視ゴーグル。全身プロテクター。おいおい、金持ちは配給品すら豪華じゃないか?
庭園の外輪は網目状に張り巡らされた赤外線センサーと、レーダー。更にあレーザーによる迎撃システムが組まれた、侵入不可地帯。今、俺が居る場所だ。
そして、その内側にある建物の周囲には警備員と犬が見張っているエリアだ。
銭亀宅へ侵入するには、これを通り抜けねばならない。
手から足場となっている石灯籠の温度が伝わる。今、俺の体表は大気と同程の温度を保っている。おそらく俺は、背景に黒い人影が浮かび上がる程度に映るだろう。
後は犬だ。
その嗅覚は……
俺は体内に予め仕込んでおいた、弱毒を空中に散布し始めた。
鼻腔の感覚器を麻痺させる、微弱な毒だ。
しゅうしゅうと霧の様に吐き出し、それは夜陰にまぎれ風下へと広がっていく。後は効き目が表れるまで、何分間か待てば良い。
二号や七号、九号なら、ここから空を行くという手もあるが、俺は地べたを這いずり回るだけの男。
これだけの警備だ。対人地雷が埋めてないとも限らない。
俺はゆっくりと、石灯籠から降り、地面に足を着ける。手入れの行き届いた、一面に柔らかい芝生が植えられえているのが感触で判る。恐らくは、小型のロボットで手入れをしているに違いない。
人の体重が乗らない芝生。その下にあるかも知れない地雷原。
警備の男たちが歩き回る舗装されたエリアまで十数メートル。
赤外線センサー網が走る高さは、二十センチ程度か。
音も発てず、俺は地面に潜り出す。
ゆっくりと。
芝生と、その下にあるだろう地雷原の、更に下を行く。
改造人間である俺にしか出来ない移動方法。
俺は地中を、泳ぐ。と言っても、アスファルトで舗装された手前までだ。
流石にその下を行くには、骨が折れる。