ひたすら反復を繰り返すリハビリも、その成果が如実に表れると、日々喜びと化す。
それは、そう時間がかからなかった。
偉大なる組織の偉大なる科学者。
そうなのだろう。
自然とあの女科学者の事を、俺はオーガスタ博士と呼ぶ様になっていた。
オーガスタ博士の生み出した究極の細胞とやらのお陰で、俺は見る間にその機能を取り戻しつつあったからだ。
今や歩行走行は難無くこなし、戦闘体形になれば、その表皮は硬質化し、赤黒い甲羅の様になり、拳銃程度の弾ならばその表面で止められる。
左の腕は、小さいながらも鋏の様に変じ、その力で鉄のパイプ程度、まるで紙の様に切り裂いて見せた。
「おい、誰か俺と模擬戦をやろう!」
「良いだろう!」
「やる!」
「私も!」
「俺様もだ!」
数体の被験体が名乗りをあげ、訓練室の広い床面で対峙した。
みな、見る間にそれぞれの戦闘形態に変じ、身構えた。
人ならざる改造人間。
動物や植物等の細胞組織を取り込む事で、人を超えた存在となった俺たちは、もはや何度死んでも簡単に蘇る究極の生命体だ。
もっとも、蘇ったばかりで、その力の大半は失っているが。
「いくぞ!」
俺は体節を跳ねらせ、宙を舞った。それがこのバトルロワイヤルの合図。
自在に跳ねる力は、この訓練室の天井程度容易に届いてなお余りある。たかだか三階程度だ。だが、それは他の者も似たようなもの。
視界の隅を縫うように、透明な昆虫の羽を激しく振動させ被検体七号が素早く飛ぶ。
それにも増して、唸る様に飛翔する九号。
俺は身をくねらせ、軌道を変えた。
が、俺の脚を引っ張る感覚に、やられたと判じ、その力をも利用し、俺は迫る九号を思いっきり弾いては、その衝撃にピンと張った右脚に絡まる一号の糸を断ち切った。
その反動に、コンクリートの壁面に着地するや、俺はその衝撃に思いっきり身を屈め、空中で組み打つ七号と九号、糸を切られて体制を崩した一号、そして姿を消した六号の影を一度に視認し、跳ねた。
「くく!」
「ぬう!」
視界いっぱいに白い糸が広がり、俺はそのまま腕を十字に組んで一号に突っ込んだ。
フライングクロスチョップ。
一号の体表組織は、俺に比べて柔らかい。この勢い、どちらのダメージが大きいかは、容易に想像出来た。
だが、一号はその六本ある腕を巧みに使い、瞬時に織り上げたネットでやんわりと受け止めて見せる。一号は、強靭な糸を自在に生み出し、操る能力があるのだ。
「やるな!」
「ぐぐぐ……」
ひからびた老人めいた唸りをあげ、ネットを閉じようとする一号に、俺は体液を浴びせた。
以前なら、人間程度一瞬で溶解させる強毒も、今では目つぶし程度にしかならない。それは判っているが、粘着性の糸が絡まるのを防ぐには有効だ。
僅かに白い煙を上げるネットを切り裂き、脱出した俺は飛来する気配に跳躍した。
風景に溶け込んでいた六号が姿を現し、数メートル先からその長い舌を飛ばして来た。それは判ってる攻撃だ。不意打ちしか出来ない弱い奴だが、その隠密性は脅威。
「バカめ!」
俺は大体の立ち位置を把握していたから、迷わずにその真上に躍り出た。
振り上げた鋏を、まっ直ぐに振り下ろす。コンクリート塊すら砕いてみせる一撃だ。悪いが再生カプセル送りにしてやる!
そう思った瞬間、室内の光が暗転した。
更には、聞き覚えのある様な、無い様な、野太い男の声が響き渡り、俺はその手を寸でのところで止めた。
「再生怪人どもよ、聞くが良い」
壁面にある組織のエンブレムから赤い光が明滅し出し、声はそこから響いて来る。
「至急、作戦室に集まるのだ。これよりお前たちに作戦を伝える」
「総統……」
「いよいよか……」
「おお、待っていたぞ! 待っていた!!」
皆が歓喜の声を挙げる中、俺だけが愕然とその身を強張らせていた。
初めてだけど、初めてじゃない。
ぶるり。ぶるぶると不可思議な震えが走った。
何だこれは?
頭の中で、何かのスイッチがカチリと入る感覚。一気に俺の世界が転じてしまった。
「……思い……出した……」
皆がそれぞれに口にする言葉から、俺はその声の主が総統である事を思い出し、全身を歓喜の震えが走った。
何という存在感!
心の底から沸き起こる忠誠心!!
これが、俺の脳に刻み込まれていた、偉大なる総統の声だった!