城の中庭へ戻ると、予ねての言いつけ通りに、大悪魔ミダラー様親衛隊の面々の得意な得物の評価とやらが始まっていた。
木の剣やナイフ、棒、盾等を手に、その習熟度合いを見定める。それは黒竜騎士団の騎士たちが個別にその技量を推し量っていた。
流石に魔族の中でも騎士位を授かるだけあって、その技量は一般兵士から見ると抜きん出ている。
その彼らの見立てなのだから、間違いはそうあるまい。
本丸からの階段を、中庭を見下ろしながら、大悪魔ミダラー卿はゆっくりと下った。
その格好は例の少し如何わしい雰囲気の
『これはこれは、名だたる騎士の皆様。その武勇をこうして目にする事が叶うとは、この身に余る光栄。さ、どうぞお続け下さい』
大悪魔ミダラー卿の透き通る様な妖精語が、その場を吹き抜けていくと、騎士達は手を休めて苦笑するしかなかった。
『おやめ下され、姫! どうか、この哀れな者達に、慈悲の言葉をお与え下さい!』
嫌味たっぷりなクレマシオンの妖精語に、にいっと笑いを浮かべた大悪魔ミダラー卿は、すうっと息を吸った。
若い頃から、吟遊詩人として旅をした女勇者ミルティアは、その声に多少の自信がある。
たまには、本気の声を聞かせておくのも悪くない。そう想った。
【野郎共!!!! 調子は絶好調か~っ!!!!】
ピシッと何かに亀裂が走る。それくらいの大声だ。
それに対し、親衛隊の面々は、喜色満面にもろ手を挙げ、全力で叫び返した。
【【【【【絶好調で~すっ!!!!】】】】】
そう叫んでから、一斉に階段を降り切ったミダラー様の下へ、252名の化け物が一斉に走り出してしまった。
【お、おい! 止まれっ!!】
顔色を変えてクレマシオンが制止するが、ドロルの口笛が響くだけ。
騎士団随一の大声男、バルバ等はお株を奪われた気分で、そっちの方がショックだった。
一斉に押し寄せる、目をハートにした親衛隊員達に、大悪魔ミダラー卿はただ右手を挙げて、頭を撫でて回ってやった。
【よう、お早う】
【お早うございます!! ミダラー様!!】
【お早う!】
【あはあはあははははっ!!】
【顔色いいねぇ~!】
【はい!! 今朝も気分は最高です!!】
押し寄せる化け物の波を、ゆるゆるとした動きで、まるでダンスでも踊っているかの様にすり抜けていく大悪魔ミダラー卿。
瞬く間に親衛隊員全員の頭を撫でた挙句に、けろりとした表情でドロルの前に立って見せた。
【よう。どんな按配だい?】
【え、ああ……こんな感じで……】
呆然とした表情でドロルは、目の前の大悪魔ミダラー卿と、その向こうででれでれと頬を緩めてその場に立ち竦む252匹の化け物達を交互に眺めた。
【ふぅ~ん……まだ全員のチェックは終わってないのか。うん、引き続き宜しく頼む!】
勢い、大悪魔ミダラー卿はドロルの頭も撫で撫で。
そこで、ハッと我に返って謝った。顔を耳まで真っ赤にして。
【悪ぃ~……子供扱いするつもりじゃなくてな……】
【参ったな……】
口笛を吹く余裕も無く、団長の赤面が移ったドロルは、頭を掻いてバツの悪そうな顔をする。
【ひゅ~ひゅ~! 団長さん! 首のリボンはどうなさったんです!?】
クレマシオンと一二を争う団のお調子者のピカロが、目ざとく遠くから声をかけて来た。
【ん? ああ……結んでも直ぐ解く羽目になってな、面倒だから外しっぱなしだ。ご主人様は精力旺盛でな。おまエラの淡白さが少しだけ羨ましいぞ~】
そう苦笑して、大悪魔ミダラー卿は空いてる右手で、自分のツインテールの先っぽを引っ張ってみせて、何となくあんにゅいな気分を演出してみせた。
【へ、へぇ~……】
その表情に、思わず言葉を失うピカロ。
【馬鹿だな、お前。夕べのあのピカピカゴロゴロを聞かなかったのか?】
不意にピカロの頭を小脇にロックして、鼻筋の通った色男、エルマノスが大きく揺さぶった。
【ドラゴンってのはさ、精力旺盛だから、邪竜王閣下ともなれば、一晩中あれだよあれ! さっきもピカゴロ珍しく鳴ってたろう!?】
【あ……そういう事!?】
【なん……だと……?】
そこで、さしもの大悪魔ミダラー卿も耳を
つまりは、ご主人様の発射されるタイミングは、この町中に知れ渡ってるのと同じという事か……
【照れるなぁ~……】
頬がにや~っとなって、顔が火照って仕様が無い。
それは、どれだけ自分が愛されているかという証。
あの度に、ピカゴロと鳴り響けば、町中の化け物達に……いやぁ~、照れる。これは照れる。
【おい、おまエラ~。そんな目で見るなよ~。も、ちょっと恥じらいって奴をだなぁ~……】
うっとりとさせ、身をよじる団長に、団を代表してクレマシオンが一喝した。
【あんたが言うな!!】
【クレマシオンのば~か!! ば~か!! 覚えてろよっ!!】
がりがりと木の棒で、中庭の一角に円を書き始めた大悪魔ミダラー卿は、そう悪態をついてから、ひゅんと消えた。
またもテレポートの魔法だ。
【たく、あれで団長だわ、邪竜王閣下の愛人だわ……ど~なってんのかね? この魔王軍は?】
額に魔法で【肉】と書かれたクレマシオンは、口を尖らせて鼻をほじった。
そんなクレマシオンの肩を、にこぽんとドロルが叩く。
【似合ってるじゃないか】
【じょーだん!! これって、どうやったら落ちるんだ!? まさか、一生このままって訳じゃないだろうなぁっ!?】
【団長に聞いたら?】
剣を鏡代わりにして、額の文字を読んだクレマシオンは、団員達のくすくす笑いの正体を正確に把握して、悪態をついた。
【あの悪魔めっ!!】
そのとーり!!
すると、例の円が描かれた場所に、突然大量の物体がどさどさと現れた。
もうもうと立ち込める土ぼこりと異臭。
【ひい~っ! くっさいくさいっ!!】
未だに書類を小脇に抱えた大悪魔ミダラー卿は、その沸き起こる埃の中から、掻き分ける様にして現れた。
【いやぁ~、敵側のゴミ捨て場からこんだけ持って来たんだが、使えるの誰か選別しておいてくれ!】
正に投げっぱなしである。
半分呆れて、ドロルの口笛がぴゅ~っと響く。
誰もが躊躇するその山は、魔王軍の軍装が数多く混じっていた。
戦場で倒れた者から剥ぎ取った物。敵に再度使われては面倒だと集められ、大きな穴の中に捨てられていたのだ。中には、死体ごと。だから腐って酷い匂いなのだ。
【トンチンカン!】
【ははぁ~っ!!】
【して、我らに!!】
【飯はまだかいの~?】
サッと飛び出す豚奴隷三匹衆。
【やれ!!】
【ぶひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!?】
【して! して! これ全部で!?】
【なぁ~サチコさん、飯はまだかいの~?】
【他の者も!! 武装を失った者は、この中から好きに取れ!! 壊れてる物は修理に出す!! 本当のゴミは捨てる!! 以上!!】
親衛隊の面々は、原隊を戦力外通告されて追い出された者達ばかりである。
その武装も、かつての仲間に奪われたり、戦場で捨てて来てしまった者がほとんど。
一斉に動き出す化け物達。
錆だらけの壊れかけた武具に手を伸ばし、それぞれにこれはと言った物を手にしていく。
【クレマシオン!!】
【ふあ~い!】
【どうした? 気合が足りないぞ、気合が!!】
【今の俺は、肉なもんで……】
ぶすっとむくれているクレマシオンを、指差して大笑い。
【ざま~! ざま~! まぁ、そんなもんは、勝手に消える! それより、こいつらの武具の手入れと修理、お前の担当な】
【い~!? ちょっと、何で俺ばっかり】
【そりゃあ~出来る部下だからさ。他の男共の事はまだよ~判らんが、お前はそこそこ使えそうだ。観念するんだな】
【へぇ~へぇ~……で、それだけで?】
そういわれてみると……
【団を二つに分ける。今夜、半分は出撃する準備をさせておけ。残り半分はお前の担当だ。親衛隊の連中の再武装と編成を任せる。機能的に5人編成を50。Aランクの2体は別働隊扱いで、その役割で大まかに50人中隊を5つとし、Eランクの者で、夜間索敵隊と通常の連絡要員を確保だ。判るよな】
【へぇ~……】
また意外そうな顔で、失礼にも団長の事をじろじろ見るクレマシオン。このクレマシオンの癖に、なまいきだぞ!
【何を考えてるんですかい?】
【ま、午後の軍議で通ればの話だ。が、今夜は夜襲だぞ!】
【で、俺ら半分はおあずけですかい?】
【そうだ! 悪いか!?】
にっかりと、如何にも楽しそうな大悪魔ミダラー卿に、色々押し付けられてがっくりのクレマシオン。ただ、その分の減らず口はしっかり叩いていた。
【へぇ~へぇ~。出来る部下は辛う御座いますな】
【まぁ、そう言うな。びっくりする様な、土産を持ち帰ってやるからな!】
【この俺がびっくりですかい? そりゃぁ~、相当なもんじゃなきゃ驚きませんぜ】
【い~や、お前は絶対にびっくりする】
青い瞳を楽しそうにキラキラ輝かせ、大悪魔ミダラー卿は大々的に宣言した。
【お前だけじゃないぞ! 黒竜騎士団の全員を、びっくりさせてやるからな!!】