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第4話『超最高! 大悪魔ミダラー様!』


 即座にアポーツの魔法を唱えたミルティアは、岩場の上に自分の化粧箱を据え置いた。

 連合軍にある自分の天幕から、瞬時に引き寄せたのだ。


【さぁ~て……】


 悪魔語風におどろおどろしく呟くと、一本の瓶を取り出し、その中にあるどろりとした黒い液体を掌へ。それを自分の胸板から腕へと引き伸ばす。すると、乾いた先から、白く透き通る様な肌が浅黒く染まってゆく。


【何だぁ~?】


 異様にむずむずする。お尻の辺りが。

 振り向くと、二匹の豚野郎共が文字通りの鼻面を、ミルティアの臀部へ押し付けんばかりにして、熱い鼻息を吹き付けていたのだ。


 ま、それは判っていた事なんですけどね~……


 ぐーパンも平手も、さっくり殺してしまうから……


 ひょいと尻を突き出して、お望みどおりにキスさせてやる。


【ぎゃひっ!?】

【ごはぁ~!!】


 派手に吹っ飛ぶ二匹の豚野郎共。

 こんな奴等に気遣い無用。


【何でそんなトコに屈んでんだよ、この豚共が!!】


 ギラリと眼光鋭く睨みを利かせ、思いっきり蔑んでやる。


【ひゃひゃぁ~、ミダラー様ぁ~!】

【お許しぃ~!!】


 転がる様に身を呈し、ほぼ五体投地に近い形でひたすら謝る卑屈っぷり。


 まったく、ぞくぞくさせやがる……


 にいっと口の端が歪む。


【おう! おまエラ!】

【ひゃっ!?】

【ぶひぃぃぃぃっ!!】


 その過敏な反応っぷりを愛でながら、ミルティアはどっかと岩へ腰を降ろした。

 にちゃり。

 豚共の涎か鼻水かは判らないが、尻にスタンプされた粘液ぬるりと広がる。


【生きる価値もねぇ豚野郎共!!】


 ぞくぞくしながら、ミルティアは手足の先へと黒い液体をすり込んでいく。

 その度に、にちゃりぬるりと嫌な感触も、脊髄から脳へと運ばれて、ふるふると全身を紅潮させていくのが良く判る。


 ミルティアは、少し乾いた上唇を、ゆっくりとその舌先で舐めた。


 やおら立ち上がると、手にした瓶をすっと前へ、この卑屈で卑しい豚共へ差し出して見せる。


【最初のお仕事をくれてやろう……】


 満面の蔑みを込めた笑み。


【どうした……?】


 ちゃぷちゃぷと水音が聞こえる様、瓶を振る。


【取らないのかえ?】


 二匹の豚は、互いの顔を見、更にはぷかり首を180度回頭したままの仲間を見、そして最後に全裸で仁王立ちする大悪魔ミダラー様を思いっきり食い入る様に見上げた。


【ふふん……ど~こを見てんだい? この豚野郎が!】


 毛深い陰部を隠そうともしない、大悪魔を前に、一匹は覚悟を決めたらしく、半分死んだ魚の様な生きぐされの眼で立ち上がり、そそそと小走りに駆け寄ると、その場に平伏して麗しい脚へとキスの雨を降らせ始めた。


【おい……】


 その鼻面を足の先でくいっと持ち上げると、その瓶を揺らした。

 オーク鬼は、思考停止したかの呆けた表情でそれを受け取ると、口からだらだらと涎を垂らしながら、その中身を凝視した。


 そんな様が、ちょっと可愛いと思い、思わず手がその頭を撫でた。

 びくり。硬直するオーク鬼。

 次には、その短くべとべと汚い頭髪を引き毟るみたいに、乱雑にぐいっと引き寄せ、その瞳を覗き込んだ。

 怯えの色を、良く確認する様に。


【判ってるね……?】


 残された一匹は、はらはらどきどきしながら、このやり取りを見入っている。


【判ってるね……?】


 ミルティアは、わざと何の説明も無しに、再び訊ねた。

 反射的にこくこく頷くオーク鬼。その息たるや、ごみ溜めの様に、驚く程臭い。


【いいだろう……】


 パッと手を離すと、オーク鬼はすとんと尻餅をつく。



 慌てて、手した小瓶を取り落とさない様にと、両の掌でおし抱くオーク鬼は、不器用な手付きでその瓶の蓋を開けた。


 変な匂いだ。

 だが、このどす黒い色合いはぁ~イイ!

 ミダラー様にぴったりの色合いだ!!


 眼前のミダラー様は、すっかり浅黒い肌に化けられて、実に淫靡な瞳でおらを見るんで、すっかりのぼせちまっただ。

 たっぷりとした乳房が、おらの顔さ埋めてみろとばかりにぷるんぷるんと揺れてるだ。

 ああ~、してえ! してえが命がねえ!

 命がねえが、してみてえ!!


 そんな葛藤がありました。



 やおら、ミダラー様は両腕でその豊かな金の髪をたくし上げたかと思うと、くるり背中を向けてきた。


【さあ、始めな……】

【……】

【言っとくがねぇ! 変なトコ触ったら、ただじゃおかないよ!!】

【変なトコ?】


 言ってる意味がさっぱり判らない。

 さっぱりだが、こうして怒鳴られる度に、どうにも嬉しい。

 じっと手を見る。それからミダラー様のまだらな背中を……


【っ!?】


 これを……

 これを塗れば……


 両方の掌で、ぺったりとその背中へ触れてしまった。

 何という甘美な感触。

 脈打つ柔らかな肉の感触が、両手いっぱいに広がって、しかもこのぬるぬるを押し広げていいなんて!?


 先ずは、背中全体を覆う様に、大きく、確かめる様に撫で回すだ。

 少し突き出た骨の愛らしい事よ。

 こりこりしとる。

 僅かに震えるその反応が、感じてらっしゃる事を否応にも伝えてきて、おらの胸も熱くなるだ。


 ほっそりとしたわき腹から、逆昇る様に脇の下へ。

 ここが弱くねぇ女子はいねぇ。

 た~っぷり可愛がってから、じっとり肌が汗ばんでくるんで、やっぱ次はこのでっけえけしからんおっぱいだな。

 上から攻めるか、脇から攻めるか、下から攻めるか、上から攻めるか、脇から攻めるか、下から攻めるか……


【おい……】


 執拗な、とても熱心な腕の動きに、ふぁさっと髪が降りて、脇の下へ差し込んだ掌をわき腹と腕で挟みこまれてしまった。

 う、動かねえ……

 こうなると、妙にとっくんとっくんとミダラー様の心の臓の動きと、その熱が伝わって来て、伝わって来て……

 次に繰り出されるだろう死のお仕置きを予感して、硬直した。

 ぎゅっと目をつぶり、これが最後に引き千切られるだろう両腕の感触を、最後の冥土への土産と想い、ぐっと爪を立てた。

 だが、いつまで経っても、死のお仕置きは来なかった。


【そこは……もう、いいから……】


 へ?

 そっと目を開くと、まるで若い娘が時折かかる熱病みたいな、恥じらいとかいうくだらねえもんに似た表情を浮かべたミダラー様が……


 つきゅ~ん!!


 何かこれまで経験した事の無い、不可思議な痛みがオーク鬼の胸を刺した。

 それが何の痛みなのか、何の萌えなのか理解する事は出来ないが……


【い……いいなぁ……】


 もう一匹は、指を咥えて見てるだけ。とても口惜しい。

 後ろからこいつを刺して、俺が入れ替わろうかとも思った。


【も、もう終わりだな?】


 少し様子のおかしいミダラー様に、どぎまぎしつつ、目の前の白い尻を見て大慌て。


【ま、まだ一箇所! まだ一箇所、残ってますだ!】

【な、なにぃ~けしからんな……は、早くせんか……】


 言われるがままに、ミダラー様の腰へ手をかけ、その下へと塗り始めると、ミダラー様は前かがみになって手近な岩へ両手を付き、きゅっと口をすぼめて瞳を閉じた。


 こ、これは……


 突き出された形の良い尻を、大きく撫で回す。


 こ、これは……


 太もも辺りの塗り残しも、丁寧に丁寧に……


 これはOKという事では!!?


 ぶひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!


【おおっと!】


 わざとらしく間違えた振りをして、後ろの方を押し開く。


【きゃひっ!?】


 思わぬ可愛い声に、これは弱点発見かと……


【おおっとじゃないっ!!】


 次の瞬間、そんなオーク鬼の甘い夢は打ち砕かれ、頭を両腕で鷲掴みにされていた。

 確か、たった今まで、こちらに背中を向けていた筈なのに……


 みるみる視界いっぱいに広がるミダラー様の顔。

 ぱっくり大きく開いた赤い口。

 喰われる!!

 喰われる!!

 頭からばりばり、俺、喰われる!!


【ぐぎゃああああああああああっ!!】


 かぷ……


 左目から!!

 左目からぁああああっ!!


【いひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!】


 見てる方の悲鳴の方が大きい。


 そんな身悶えるオーク鬼達。


 そんなオーク鬼の目を、たっぷりれろれろしたミダラー様は、ねっとり唾液を滴らせ、顔を離した。


【え?】

【お前なぁ~、ちゃんと顔洗えよ! 歯ぁ~磨いてるか? 風呂入れっ!!】


 いたずらっぽい小悪魔的笑みで、ぺろりと紅い舌を出すと、そこにある黄色くて赤くてぐにゅぐにゅしたモノを見せた。


【酷ぇ~目やに!! しょっぱくて苦くて最悪だなぁ~お前!!】

【う……ううう……】


 そうなじってから、もう一度べろをれろれろさせ、いかにも虫でもわきそうなそれを、ごくり、喉を蠢かせ垂下して見せた。

 その証拠にと、くぱあと口を開き、喉の奥まで何も無い事を示して見せた。

 そしてにんまり、たまらない笑顔で濡れそぼった己の口周りをべろりべろりと嘗め回す。


【次はその目玉を戴くからな。覚悟しとけ……】


 意外だったのは、ミダラー様のその牙が異様に小さかった事。もしかしたら、収納式かも知れない。


【だからさ……】


 まだ続けるミダラー様。時折、高圧的じゃなくなるのも、ちょっと素敵。


【だから、お前もさっさと指を抜けって!!】

【ひゃあっ!!?】


 怒鳴られながらも、奥まで指し入れていた左の中指を、ゆっくり抜き取る。それは、あらぬ方向へくたりとへし折れていた。


【ぶひぃぃぃぃぃぃぃっ!!?】


 ほかほかと湯気を立てるそれは、根元からぽっきり折れているのだ。


【ぶひぃぃぃぃぃぃぃっ!!】


 必死に、仲間へ、ミダラー様へ、その指を見せて回る。


【ばっかやろ~。折れた位で泣く奴がいるか~?】


 そう面倒くさそうに言うミダラー様のすぐそばで、首が180度折れて曲がったオーク鬼の物言わぬ屍骸が転がっている。確かに泣かない。


【ほれ……】


 手招きするミダラー様。

 泣き叫びながら、オーク鬼がその指を差し出すと、ミダラー様は憮然とこう告げた。


【こんなもんは、舐めりゃ治る!】

【嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!】

【嘘じゃねえって!! ほらっ!!】


 乱暴に、ずきずきする左腕を引っ張るミダラー様は、はっきり言って汚いそれをぱっくりと口に咥えてしまった。


【食べないで!! 食べないで!! 食べないで、ミダラー様ぁぁぁぁぁっ!!】


 引き戻そうにも、万力で挟まれたみたいにびくともしない。

 仲間のオーク鬼も、ただただ震えてこの光景を見守るのみ。

 だが、不思議な事に、その指の痛みはすっと消え、即座に指先の感覚が戻ってくるではないか!

 ミダラー様の淫らな舌。ミダラー様の淫らな喉元。ミダラー様の淫らな上あご。ああ……ミダラー様の淫らな……

 そして、そこから名残惜しくも、ゆっくりと開放される己の指……


 不思議そうに、その折れていた筈の指を動かしていると、ミダラー様はこれまた不思議な笑顔でにっかりと笑った。


「なっ!」

【?】


 不思議だ……


 それから、ミダラー様は、虚空から黒革と金属ジャラジャラの衣装を取り出しては、今では浅黒く変色した素肌を少しずつ、それでもかなりの露出なのだが、隠していった。


【おい!】

【ははっ!!】

【何なりと……】

【こいつこのままでいいのか?】


 ぷかぷか浮かぶ、仲間の死体を指差すミダラー様。

 二匹は顔を見合わせて、さあ?と答えた。


【ふん! こんなとこに放置しては、湯が穢れるな……】


 そう言って、ぐるり180度あさっての方角を見ていたオーク鬼の首を正面へ戻すと、ミダラー様は邪悪な呪文を唱えた。

 白い光が天から降り注ぎ、その中でむっくりと起き上がるオーク鬼。

 まるで生きているかの様なそれは、起き上がるや真っ直ぐにミダラー様に掴みかかって、その胸ぐらを揉みしだいたかと思ったら、今度はぐーぱんで首が明後日の方向へ飛んで行った。


 二回目は、仲間と両肩両腕を押さえて動けない様にしてからやった。

 邪悪な呪文は、もぎ取れてしまった筈の首をくっつけ、まるで生き返ったかの様に動かして見せた。

 生前とまったく同じ様に、外道な仲間。

 これは喜んでよいのか、呆れてよいのか、対処に困る。


 そんな三匹を前に、ミダラー様は満足気に頷かれた。

 この頃には、もう既に顔の改変も終えられており、最初にお会いした時はまったく人間のそれと見分けの付かない容貌だったが、今では明らかに魔界のどこからかやって来られた、偉大で強大で無敵で最強の、超最高な大悪魔ミダラー様へと戻られていた。

 大悪魔ミダラー様は、最初の命令を三匹の卑しい下僕へと下された。


【おまエラ、見分けつかないから、お前がトン! 鼻が一番でかいからな! お前がチン! 一番あっちがでかいからな! お前がカン! 取り合えずだ! 呼ばれたら返事しろ!!】

【うはははあああああああっ!!!】

【して、これから?】

【飯にしますか!?】


 トンチンカンな声に一様頷き、ミダラー様はこう告げられた。


【先ずはノドンへ向かい、邪竜王殿にお会いして、軍議へ参加する。おまエラ、案内頼むぞ】

【うはははあああああああっ!!!】

【して、どうやって?】

【先ずは飯にしますか!?】


【そうさな……】


 ミダラー様が、とても淫らな笑みを浮かべると、世界は一変し、ミダラー様と愉快な三匹の仲間達は、雑然とした街中に立っていた。

 テレポートの魔法。

 三匹は、既にミダラー様の下僕であり所有物であるからして、共に移動してしまったのかも。


【おまエラ、喰いたいモノはあるか?】


 三匹は、じっと一点を、いや二点を凝視した。


【そうさな……】


 ぐるり見渡すノドンの町並みは、ミルティアがかつて訪れた時とは一変してしまっていた。


【仕方ない……】


 そう言って、ミダラー様は、虚空へ金貨を放ると、そこから四つの白い塊を取り出して見せた。

 それはミダラー様の豊かな胸元と負けず劣らずのボリュームがある、ふかふか湯気を上げる白いふかし肉饅頭だった。

 またもテレポートとアポーツの魔法。

 代金を機知の店へ送り、きっちり代金分の食い物を招き寄せたのだ。

 そんな事はつゆ知らず。


【うひゃぁ~っ!! 超最高! 大悪魔ミダラー様!】

【な、なんか不思議な匂い……】

【ささ! ミダラー様、その辺で飯にしましょう!】


 三者三様に受け取るオーク鬼は、それをぱく付きながら人類の敵である勢力の、最前線の街中を我が物顔で歩くのであった。



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