草原を、一陣の風の如く、小人達が駆け抜けて行った。
唖然、呆然、びっくりしました。
無論、けが人の手当てとか、色々と残っている小人さん達は居る訳ですが……
その小さな体と比べて、アンバランスに大きなクロスボウを担いだ小人は、空いた右手にパイプを持ち直し、ゆっくりと煙を吹いていた。
「悪かったな。調子が出てたところで」
酒やタバコで焼けた感じのガラガラ声だけど、感じの良い陽気な響きがあった。
「……えっ!? あ、はい! い、いいえっ! じゃなくて、こちらこそどうも……お邪魔しちゃったみたいで……」
「愉快な来客は、いつでも大歓迎だ。当巡礼隊の一応代表という事になってる、ダンチョーだ」
ちょっとどぎまぎ。そんなアーリアに、その小人はパイプを咥え、スッと右手を差し出した。
「アーリアです。皆さん、どちらまで?」
アーリアと比べて、頭一つ分くらいは背が低いけれど、褐色の手は一回り大きく暖かだった。
瞳と同じこげ茶色の髪を短く刈り込み、ダンチョーには他の小人達には無い清潔感がある。身に着けた薄手の革鎧も、良く油が塗りこめられていて、手入れが行き届いている感じがした。そして、丘小人特有の風習でか、靴は履かずに素足のままだ。手と同様に一回り大きくて、足の裏には毛が生えている。
「アーリアさんか。良い響きの名だ。俺達は、各地の祭りを回ってる。特に目的地は無いんだ。今のところ、西へ西へと」
そう言って、ダンチョーは一方を指差した。
「街道沿いに移動しながら、最終的には海へ出て、その先の島国へ。そこから先が無ければ折り返し、今度は東へ。そんな所だな。アーリアさんは?」
(海か~……海ですか~……)
アーリアの脳裏には、つい先日の光景がありありと。スッと魂がどこかへ抜け出てしまいそうになる非現実感に、のほほ~んと。
「海もいいですね~。私は、近くに大きな町があれば、そこへイコかとオモテました~」
「成る程。リュート一本の道連れ。それも良い」
にこやかに頷き、ダンチョーは更に続けた。
「実は斥候が近くの大きな人の町へ向かってて、あと何日かで戻ろうかという算段だ。そこで祭りがあるらしいとの情報があってな。確認に向かっている」
「お祭りですか!?」
「うむ。どうも領主の誕生日にかこつけてのものらしいが、俺の直感だが、その祭りは絶対に面白い!」
ぐっと拳を握り、ふふふと確信の笑みを浮かべるダンチョーに、アーリアも早速にソロデビューのチャンスと身を乗り出した。
「どうだろうか。あんたも、俺達の作戦行動に参加してみないか?」
「何だか、面白そうな響きですね!」
「ふ……大した事をする訳じゃないがな。それが大事な訳だ」
「それは……」
ちょっとした謎かけみたいなダンチョーの言葉に、一つの確信を得た気分で、疑問符では無しに、同意を求めるで無しに、アーリアの瞳はその輝きを持って意を示した。
「「つまりは、如何に祭りを楽しむか!」」
次には互いの口を読む様に、まるで同じ言葉が飛び出していた。
「ですね……」
「だ……」
二人とも満足気な笑みを浮かべ、スッと息を吸って、僅かに胸をそらした。
「ようこそ。大きな人にして、旅の吟遊詩人アーリア。俺はあんたの参加を歓迎する」
「ありがとうございます。ダンチョーさん。少しの間、お邪魔させて戴きます」
改めてがっちりと握手を交わす二人。
その頃には、先ほど走り去った小人達が、めいめい手に手に道具を持って戻って来た。
「では最初の任務として、あの獲物を一緒に片付けてしまおうと思うのだが、異存は無いかな?」
「もちろんであります!」
ぽんと背中を軽く叩かれ、アーリアはダンチョーと一緒に、小人達がむらがり始めた猪へ向かって、悠然と歩き始めた。
既に三本の丸太が組み上げられ、その頂点から吊るされた滑車にロープが。
その先が、二本の前足に括り付けられ、その反対側にはわいのわいのと楽しげに腕まくりをする小人達が十数名。
周囲には、大小様々なたらいが並べられ、いよいよ解体作業の始まりだ。
「よ~し! 先ずは吊るすぞ~!!」
そう呼びかけて走り出したダンチョーに釣られ、アーリアもその中へ。
「はい、ごめんなさい!」
土ぼこり舞う中、まるで生き物の様に踊るロープへ手を伸ばすと、みなと一緒になって掴んだ。
「それ、引けーっ!!」
「「「「「おーっ!!」」」」」
ダンチョーの音頭に合わせ、団子状になってぐいっと引っ張ると、その手応えに応じて、黒い猪の巨体が木々の軋みと共にぐいっと持ち上がった。