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第9話『太陽と月と』


 水底の宴は続く。


 くるくる踊り過ぎて、ついつい目眩がして、へたへたっと座り込んでしまった。


「あらら~、これはちょっと~……」


 力が入らなくて、これは大変。

 そんなアーリアに差し出されたのは、さっきアウリーリンが手にしていたボウル状の白い物だった。


「ありがと~……」

「ありがとう」


 ややお疲れの、にっこり。

 まだまだ余裕のにっこり。

 ちょ~っと使い方、違う気がするけど、今は細かい事なんかど~でもいいかも。

 手に取ってよくよく眺めると、それは正に薄紫の筋が縦に走る白い花弁。それも人の頭程の!


(あれ? これって……)


 大きさに関してはもう驚かない。気になったのは、この何となくどこかで見た様な優美なライン。もちろん、こんな巨大サイズの花なんか、今まで見た事も無いのだけれど。


(これって……)


 目を細めてじいっと眺める。


「アーリア……アーリア……」


 アウリーリンは両方の手のひらを口元へ運び、飲む様な仕草をしてみせた。


「飲む? 飲めって事?」


 こっちもそんな仕草をして見せると、正にその通りと言った表情で頷くアウリーリン。

 言われて見れば、花弁の中にはその中央に黄色い突起状のものがあり、そこから放射状に黄色い筋が伸びている。そして、その辺りには、何やらねっとりとした感じの透明な液体が、光の加減で何となく分かる。


(水の中でも、お花だから……)


 さっきの、魚貝類の分泌する粘液とはまた違う気がする。いや、そうであってほしい!!


 そっと鼻を近づけてみるけど、そんなに花!って自己主張の強い感じはしない。

 そんな花弁が、ぐいっと持ち上げられ、不意にアーリアの顔に密着する。


「ぶっ!?」

「アーリア、アーリア、のむ、のめ、のむ、のめ~♪」


 笑顔のアウリーリンが、そっと、そっと、花弁の片側を持ち上げていく。なんとも可愛らしい節で音頭をとると、それまで他の事に興じていたお方達が、わっと集まって、どころか犇いてやって来るじゃないっ!


「「「「「アーリア、アーリア、のむ、のめ、のむ、のめ~♪」」」」」


 こ、これって……


「「「「「アーリア、アーリア、のむ、のめ、のむ、のめ~♪」」」」」


 ちょ、ちょっと待……


「「「「「アーリア、アーリア、のむ、のめ、のむ、のめ~♪」」」」」


 あ、あ~れぇ~~~~~~……


「「「「「アーリア、アーリア、のむ、のめ、のむ、のめ~♪」」」」」


 ぐび……ぐびぐびっと、口元に押し寄せた、冷ややかな粘液を、鼻から飲まされるのを観念して、一気に……


 飲んじゃった……


 正体不明の粘液、飲んじゃった……


 ぺろ~んと飲んじゃった……


 冷たくて……甘くて……な~んとも、い~香り~~~~♪


 頭の裏側まで、ひょあ~っと染み渡るみたいぃ~~~~~~~~~~


 余りの多幸感に思考停止。のけぞって後方五体投地状態かも。


 やんややんやの大合唱に応えて、花弁を高々と掲げてから、それを一気に口に頬張ってみせた。


「V!」

「「「「「おお~っ!!」」」」」


 お腹をさすると、ぽこんと膨らんでる。まるで、妊婦さんみたい。そういえば、そんな話もあった様な……

 そんな事を思い出しながらぼ~っとしてたら、急にお腹の辺りから、全身に向かってぎょぎょぎょわわわっと何かが移動を始めた!

 動いてる!

 動いてる!

 何かが体中を駆け巡ってる!!


「あっはぁ~ん♪」


 願わくば出るところが出て、出なくていいところが引っ込んでくれます様に~!


 そんな願いは叶わなかった。


 でも、気が付けば、全身のだるさは抜けて、力がみなぎって来る様だ。


 今なら、あそこで跳ね回ってるシーホースを素手でひねる事が出来そうなくらい!


 嘘です。


 出来ません。


 たぶん~……



 そんなこんなで、どうやらみんなでそっとしておいてくれてるみたい。ほわほわ~んと漂っていたら、見上げている水面の向こうにお日様が。


 今日も、良いお天気みたいで、青空が広がっている。青空……青空だったっけ……?


 お日様は、私の見ている前で、ずんずんずんずん動いていく。そして、水面の向こうに隠れたら、その向こうの空は少し暗くなった感じ。

 ちょっと意外だった。

 お月様が出たのに、水面の向こうは明るいまま。あれれ? お月様って、今、半月だったっけ?

 そして、半月が水面の向こうに隠れたら、その反対側からまたお日様らしき輝きが……


(えっと……)


 なんか聞いた事がある様な……

 一応、このアーリアさんは吟遊詩人見習いな訳で。

 こんな話を聞いた事がある。

 海の中のお城へ行って、宴会やって帰って来たら、何百年も過ぎてたって話を……


 ぞぞぞっと、血の気が引きました。



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