最後の一音まで歌い切ると、もう全身く~たくた。こんな歌い方は初めてだった。まるで身体全体が一つの楽器になったみたい。
後に残ったのは心地良い疲労感。
力の抜けたアーリアの身体を、水は優しく受け止め、ゆっくりと水底へ誘う。それを巨大な黒い影が、にゅるにゅるっと下から持ち上げた。
「わわっ!?」
ぬ~るぬるのぬ~らぬら。
目の前に、自分の頭よりおっきな、多分ウナギの顔。
その口がぱくぱく動く度に、実に不思議な音で、小首をゆらゆらさせながら何かを言って来てるんだけれど、多分褒めてくれている。
「め、めるしーぼく~」
違う地方の言葉で、青い目を白黒させながら、とりあえずお返事。それくらいに、目の前に迫った光景は強烈って事!
その向こうからは、巨大なはさみを振り振り、真っ赤なザリガニが迫って来るよ~!
『私も多くの兄弟と共に卵からかえったが、気がつけば一人じゃった。別れとは生きる事。生きるという事は別れる事じゃよ』
【あんたのそのひらひら、おふくろさん譲りかえ? 綺麗じゃないか。おふくろさんに感謝するんだよ~】
≪うちのいとこにまだ身を固めて無いのがおるんだが、君……一つどうだね?≫
蟹さんや魚さんや見た事も無い生き物が、口々に何かを叫びながらただならぬ迫力で肉薄しては、入れ代わり立ち代わりサッと離れて口をぱくぱく。こちらの様子を見つめてる。
もう笑うしかないし、夢なら覚めて欲しい気分なんだけど。
自分の正気を疑う程の異様な光景。
その向こうでは、三体の牛並みに大きな巨大タニシが、ゆらゆらとダンスを始めていた。
「アーリア……」
白くて丸いボールの様な物を持って、アウリーリンがたおやかに近付いて来る。
思わず、そっちの方へ飛び出すアーリア。
ぬるっと。
そこら中に漂う、色んな生き物の分泌物に手足を取られた。
「ぬああああっ!?」
た~ちまち、上下左右が引っくり返ってアクロバチックな無限軌道を描き出す。そして、変な体勢のままアウリーリンの胸に受け止められていた。
「あう……」
目をぱちくり。
大丈夫?と言ってそうな、コロコロ笑うアウリーリンに改めて抱き付くと、その温もりに甘えた。安堵感を求めた。呼吸すると、彼女の香りに満たされた。
慰撫する様な優しい言葉に囁かれ、身体からぬめりがそっと払われていく。
何で?
どうして?
不思議だった。
優しくされるのに、そんなに慣れてないから。
「あ”……」
わななく口で、言おうとして、あんまり酷い声だったのでショックだった。
目を開けるのが怖かった。彼女が今、どんな顔をしているのか、それを知る事が。
それでも気持ちが勝って、伝えたい気持ちが強くて、アーリアは彼女に押し付けた顔を、そっと離して、見上げてみた。
その恐れは杞憂だった。
「アーリア……」
どうしたの?とばかりに、そっと前髪を撫でてくれた水の乙女は、永遠とも思える優しげな眼差しで、アーリアを満たしていく。
感じさせてくれた事。
気付かせてくれた事。
満たしてくれた事。
震えが止まらない。
(言ってしまって良いの?)
「あ”り”か”と”う”……」
重なる戸惑いの気持ちが、言葉を濁らせる。
(伝わって無い!)
気持ちが動く。
(伝わって無い! 伝わって無い! 伝わって無いっ!!)
気持ちを奮い立たせる!
(私は伝えたいっ!!)
ついには、真っ直ぐにアウリーリンを見据えたアーリアは、膨らむ想いにいっぱいになる。
「ありがとう」
初めて本当のお礼が言えた気がした。言い切った! そう! 私は言い切った!
目の前の、本当に目の前にあるアウリーリンの瞳が、キラキラに輝いて見えた。
「アーリア……ありがとう」
「ありがとう! アウリーリン!」
「ありがとう」
(まるでお日様が胸の中にあるみたい!)
二人は、そのまま踊る様に、くるくると回転していた。