(アーリア……)
戸惑っているアーリアを見つめ、アウリーリンは穏やかな表情を崩さなかった。それは、確信があったから。
(歌って……アーリア……貴方の歌を……)
「どうしたね~、アウリーリン? 何があったかと思ったら~、新顔だねぇ?」
「あら、イモガイのアプブルプさん。ご機嫌ね。そうなのよ♪」
ゆらゆらと長い触角を揺らしながら、小山の様な縞々殻の巨体が近付いてくると、猛毒の槍を恐れて何匹かは距離を置いてしまった。
南の海から、わざわざ様子を見に来てくれたみたい。
触角に触れると、より強くはっきりとその意思が伝わって来る。どうやら一安心したみたいで、体表の赤い興奮色を見る間にくすませていく。
わいのわいのと集まって来る気配はこれで最後に思えた。
「みなさ~ん! ご紹介するわ~! 人族のアーリアさんで~す!」
両手を天に向けて突き出して注目を集めると、その腕をゆっくりとアーリアへ差し出した。
一斉に注目が集まり、更にぎょっとするアーリア。
(ど、ど、ど~して~?)
目をぐるぐる。世界は南海の怪獣大決戦状態である。
巨大でごつごつした影が幾重にもゆ~らゆら。
お返しに何か楽しい歌でも一曲と思っていたら、思いもよらないギャラリーに思考停止状態だ。
(助けて~! 助けて、アウリーリン!)
必死に目で訴えるアーリアだったが、それを完璧なる微笑みバーリアでストップ! それどころか、その口元は何とも楽しげにアーリアへ信号を送って来る。
最初の数文字は、自分の名前を言ってるんだと思う。だけど、その後は、妖精さんの言葉なので全然判らないけれど、ど~やらたぶんそういう事なんじゃなかろうか。
歌ってって言ってるんじゃなかろうか?
きっとそうなんじゃないかな~?
とほほ~……
(第一、言葉が通じないのに……)
そう思った時、脳裏にありし日の先生の言葉がふわり、浮かび上がって来た。
それは、練習の時に再三言われて来た事。
「いいかい。アーリアよ。お前は口で歌っている。綺麗に歌おうと言葉を並べているが、歌うという事は、言葉に心を乗せる事なんだよ。いくら言葉を並べてみても、心が乗っていなければ相手の耳には届いても、心には何も届かない。心に届くのは心。そして心とはお前自身なんだよ」
そう言ってから、先生はこうも言っていた。
「私の言ってる事は判らないかい? まぁ、判らなくても良いんだよ。これは頭で判る事じゃないからね。結局は……」
ぽんと胸を叩いて見せ、それからアーリアの胸に触れた。暖かな指だった。
「ここで感じる事なんだから。感じた時が、お前の本当に必要な時なのかも知れないねぇ。その時が来れば、きっと判る事さ……」
どう歌っても、先生の駄目出しはクリア出来なかった。
感情表現や、発声や、色々自分なりの工夫を凝らしたつもりだったけど、先生がうなずく事は無かったんだ。
嗚呼、それなのにそれなのに~……
判らないんだから、判る様に教えて欲しかった。
(判る様に……)
身体をびくりと、何かが走ったような気がした。
息をのんで、改めてアウリーリンの微笑を見返した。
彼女の歌は、言葉が判らないのに、何を歌っているのかが伝わって来た。先生の歌は、ただ単に歌がうまいだけだと思っていたけど、彼女の歌は『何を歌っているのか歌詞が判らないのに』理解出来た。歌詞を聴いて理解してたんじゃ無い。感じていたんだ!
(ここが……)
そっと自分の胸に触れてみる。
アウリーリンのそれと比べたら、悲しいくらいに貧相なそれは、それでも年頃の女の子らしき発育は見せている。いや、そういう問題じゃない。
(感じている事を、感じて来た事を、感じたままに……感じたままに!)
その時、生まれて来た瞬間から、売られて、こき使われ、先生に出会い、旅をして、今ここに居て……全ての事が一本の道筋となって、アーリアの中で明確に一つの像を結んだ。
(A~~~~~~~~~~~~~~!! 私だ! 私だ! 私が歌なんだ!!)
自然と、口からAの音が流れ出た。
ほとばしる様に、歌が生まれた。
それは、アーリアの歌だった。
水の中なのに、涙で何も見えなくなった……