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第6話『Aの音』


 水の中だけど濡れて無い!

 水の中だけど不通に音が響く!

 なんかドキドキする!

 アーリアは、腕の中に抱えた先生のリュートをまじまじと見つめ、やおら一つの音を弾いた。


「A~~~~~~~~~~~~……」


 それに合わせ、普段の発声練習みたいに、平坦な抑揚で喉を震わせてみた。

 その余韻は、地上とは違った独特な反響で、水の中だからだろうか、どこか大きな建物の中で歌った時の様に、自分の声が上から回り込んで返って来るみたいだ。


(ここって、どうなってるんだろ?)


 思わず周囲をぐる~っと見渡してから目線を戻すと、お水のお姉さんは目の前で興味深々に、ぷ~かぷかと浮いていた。

 その青い宝石みたいな瞳にキラキラと無邪気な輝きを湛え、じ~っとリュートを見つめている。


(ん~~~~~、どうしよう?)


 そう思っていたら、その輝きのままこちらを真っ直ぐに見られてしまい、目が合って凍りつくアーリア。多分、なんか変な表情で。


「え~っと……」


 ぼろろ~ん……

 取り合えず鳴らしてごまかす。営業で間が悪い時に良くやる手。どうしようかな~と考えながら二度三度と爪弾いてみると、ますますアウリーリンの顔が近付いて来て、ちょっとドギマギしちゃう。それくらいに彼女の面差しは、人間離れに麗しい。

 そんな彼女が楽しげに口を開くと、アーリアの爪弾く音色に合わせて。


「A~~~~~~~~~~リ~~~~~~~ア~~~~~~~~……」


 おっと、なんて艶やかで、それで伸びのある美しい声なんだろう。さっきの自分の真似かと思ったら、名前を歌われてしまったよ~。


(これは……)


 ぼろろ~ん……


「A~~~~~~~~~~ウ~~~~~リ~~~~~~リ~~~~~ン……」


 お返しです。彼女より、少しだけ余計に伸ばしてみました。

 アウリーリンも、少しだけ目を大きくしてぱちくり。口元を微笑ませます。にやり。


 じゃあ、とばかりに、引き手を彼女に見せてから、一拍置いて同じコードで。

 ぼろろ~ん……


「「A~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」」


 ちょっと声量を上げてみせると、合わせて来て、逆にひょいと上げて来たりして。

 次も抑揚を上げ下げ。

 こちらの意図を理解してか、目をくりくりっとさせて被せて来ます。


「「A~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」」


 そしてそして、どちらが長く出せるかと持久力勝負!

 お互い、最後には声にならない声を絞り出すな~んて事をしちゃって。


「あ~っはっはっはっはっはっはっはっ!! やだやだ! アウリーリンったら変な顔!! 変な顔っ!!」


 二人ともお腹抱えて大笑い。アウリーリンも似た様な事を言ってるニュアンスがビンビン! でも、その笑い方はちょっとお上品っぽくないかしら?


 妖精さんは、白の大霊イーヴォ神が創造した種族で、病気にもかからず永遠に生き続けるというから、もしかしたらアウリーリンは目もくらむ様な年月を生きているのかも知れないけれど、ちょっとどころか全然見た目判らない!

 世界が創造された時、原初の歌で全てが形造られたというから、アウリーリンも原初の歌を知っているのかな?

 笑い疲れたアーリアの脳裏に、そんな伝承がちらりと思い浮かぶ。

 目の前で、お腹を押さえてぷるぷる震えている様は、ど~もそ~いうのとは違うみたい。


(そういえば、さっきの歌って……)


 コードを探りながら、思い出した音階を、そっと爪弾いてみた。

 まぶたを閉じ、自分の奏でる楽の音と、死んじゃったかな~と思いながら耳にした歌声の記憶とを比べながら。


 意識して聞いていればそんなに難しい事じゃ無いんだけれど、やっぱり記憶が曖昧です。

 すると、その手探りの音階に、アウリーリンの歌声がゆっくりと合わさって行くじゃありませんか!?

 アウリーリンの本気の歌声は、あの時の優しげな響きと違って、強くのびやかに響き渡って行きます。まるで、アーリアの演奏を引っ張って行くみたいに。それでいて、美しく。

 まぶたの裏に、次々とその情景が浮かび上がる様です。

 小さなせせらぎから、川底を転がる小石のリズム。魚達のあくびに、沢蟹達の甲羅を叩く音。次々と浮かんでは渦巻く水中のイメージに、妖精の歌声に、アーリアはすっかり聞き惚れてしまいます。

 まるで嵐の如き水の流れが、岩から滴り落ちる水滴へと変わったところで、アウリーリンの歌声は終わりました。


 そっと、目を開けて彼女を見ると、そこには好奇心の色合いを瞳に漂わせるウンディーネがいます。


(これは……いや……私の歌なんて……)


 その瞳は語っています。貴方の歌を聞かせてと。


(ど、ど、ど、ど~しよ~~~~~~っ!! せんせ~~~~~っ!!)


 何ともレベルの違うお話に、嫌な汗しか出て来ません。まぶたの母ならぬ、まぶたの先生は何も言わずに微笑んでいるだけでした。

 そんなアーリアの体を、大きく揺さぶる水圧が横から。

 ハッと見ると、自分の真横に巨大な丸い目が!

 自分の倍はあろうかというマスみたいな巨大魚が、ゆっくりとアウリーリンの後ろへ回り込み、まるで何事かを話かけている様に、口をぱくぱくさせています。

 巨大な影が差します。

 ハッと見上げると、自分の5倍はあろうかという蟹みたいな生き物が自分達をまたいで、アウリーリンにギチギチギイギイと。それにアウリーリンは楽しそうに声をかけています。

 次から次へと、まるで彼女の歌声に呼び寄せられたかの様に、見た事も無い多くの巨大な生き物達がアーリアの眼前に集まり出し、まるでこれから歌い出すのを待っているかに、アウリーリンの周りで大人しく座り込んだり、ぷかぷか浮かんだりと。


 しょ~じき……びびりました……



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