「アウリーリン」
アーリアの手を取り、神秘的に微笑む青い貴婦人は、川のせせらぎの如き清涼な声で名乗った。
小川の妖精、ウンディーネのアウリーリン。
人の子と直に話すのは随分と久しい気がする。
その多くは、そのまま目覚める事の無い、深い眠りについてしまう。
中にはそうでない者も居るが、彼らが言うには、その者達の魂は大いなる巡りに戻ったのだと、だからいたずらに眠りをさまたげてはならないと。
今日に至っては、話しかけられた様な気がしたので様子を見ていたら、どうにも嫌な響きが近付いて来たので、水の領域でも会話が出来る様にと、魔法をかけて招き入れてみたのだが……
「アウリーリン!」
そう呼ぶと、穏やかに微笑み、青いお姉さんは小さく頷いた。
「アウリーリン?」
「○×□」
泡の弾ける様な声で、どうやらそうだと言っているみたい。
「アーリア?」
「アーリア!」
何度も頷いて、大きく両手を上下させた。嬉しいって伝えるのはこれしかないって。
その視界の端を、白い小さな綿布が、動きに合わせて上下した。
(これって・・・)
これまでに無いってくらい、サッと血の気が引いて、更にぶわっと血の気が昇った。
(下着~っ!? 下着下着下着下着~!!)
それはおパ○ツとか俗に言われる、質素な綿地の、履き古した布切れが、小指に絡まってひらひらと……
その時になってようやく気付く、一糸まとわぬ己の姿。
パッと手を離して、咄嗟に後ろ手におパ○ツを隠すが、更に慌てて両手で前を隠し、更にくるっと反転してアウリーリンに、ほっそりとした背中を向けた。
「いやっ! このっ! そのっ! これは!!」
大量の血流が、体内を縦横無尽に大爆走! 頭の中はその音響でガンガンに!
(ひぃ~~~~ん!)
恥ずかしくって、思いっきり体を丸めてしまうと、またもぷかぷかとあらぬ方向へ漂って、これまた慌てて両手両足をバタバタバタバタ。
そんあアーリアの足を、そっと押して、更には肩を。くるっと姿勢を直されてしまうと、世界は見事に一回転して元の姿勢に。
「おお~……」
「……アーリア……」
目をパチクリするアーリアにアウリーリンは小さく首を横に振り、それからその両肩に手を置いて真っ直ぐに見つめた。
そんな相手の仕草に、アーリアはちょっとばつの悪い恥ずかしさで目線を逸らし、おずおずと見返すと、目線で左の下の方を見る様に促してきた。
川底の丸石には、ちょっとしたくぼみが幾つもあり、そこにアウリーリンの物らしきチェストが置いてあったりと、小さな空間に細々とした物が置いてあった。
そこへ、手招きしながらアーリアの手を引いて行き、アウリーリンはその中から一組の衣装を取り出して、さあどうぞと手渡してみせた。
「これを、私に?」
驚くアーリアに、身に着けてごらんなさいとばかりにゆっくりと広げて見せると、それは今、アウリーリンが身に着けているものと寸分違わぬ、水色に輝くドレスに……
そして、数枚の端切れがふわふわと、
「こ、これは!?」
思わず息をのむアーリア。震える手でそれに触れると、そっと持ち上げてみる。
「お、お、大人下着……」
綺麗な色彩の様々な小石が散りばめられたそれを、アーリアは差し込む陽光にかざしてみると、それは水面の揺らめきと相まって不思議な光彩を放ち続けた。
「あは~ん♪」
履いてみた。
なんとなくそんなポーズ。するっと、乳あてがくるぶしまで落ちた。
ず~~~~~~~~~~~~~~ん……
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”……」
がっくりうなだれるアーリア。出来る事ならこのまま地底深くまで沈み込んで、誰の視線にも触れたく無かった。全身の力が抜けると、まるで屍になった気分で、ぷか~り浮き上がった。
そんなアーリアに、ちょっと慌ててドレスを肩にかけてあげるアウリーリン。
これはどうかしら?
言葉は通じて無いみたいだけど、ニュアンスが伝わるかもと。
すると、アーリアは弱々しい微笑で、それにそっと手を。
「うう……」
手と足といろいろ長さが足りない事が判る。判りまくる。何で出来てるのか皆目見当がつかないが、この半透明で艶やかな光沢を帯びたこの布地は、思いっきり余りまくった。アウリーリンが綺麗な小魚ちゃんなら、アーリアはまるでなまずか何かみたい。
「うううう……」
現実に打ちのめされるアーリアに、はらはらと手をこまねくアウリーリン。ハッと思いつき、つい今しがたまで忘れていた物を取り出して、さっと目の前に差し出した。
それは、アーリアの荷物。
「あ~~~~~っ!?」
思わず大声を上げて、マントに包んだリュートを引っ張り出す。
楽器は濡らしてはならない。湿気は楽器の敵。そう教わって来たのに、ここは水の中なんだ!
はらはらと水底へ落ちていくアーリアの衣服。そしてその手には、先生の形見のリュートが……
「えっ!?」
触ってみると、異変にたちどころに気付く。
「濡れて……無い……?」
目を大きく見開いて、表面をまじまじと見つめる。それから、さっと小脇に構えると、ぼろろ~んと掻き鳴らしてみる。
すると、水底に乾いた音色が響いた。
「凄い! 凄い! 魔法だねっ!! 魔法でしょっ!?」
水の中にあって、濡れて無いリュート。
それからパッと面を上げてアウリーリンへ。
その向こう、ウンディーネのアウリーリンは、ちょっと考えた様な表情から、少しいたずらっぽく微笑み、右手の人差し指と親指で、ちょっと……とばかりに示して、一言、二言、その魅力的な唇を楽しそうに動かした。