激しい流れの冷たさが、次第に穏やかで暖かなものへと変わり、全身の感覚は曖昧になっていく。
(死ぬって……)
「どういう……事……」
僅かに唇を開く。
まぶたの向こう、ほの暗い水の底で幾つもの影がゆらゆらと揺れている。
(私の髪……?)
時折、ほほやおでこに柔らかな何かが触れては、それが心地良かった。そして、ふと何かを思い出しかけた様な、そんな不可思議さに、アーリアは僅かに震えた。
(……な……に……?)
眩しい程の輝き。
包み込む温もりの優しさ。
思い出そうにも思い出せない響きが、遠く、近く、アーリアの全てに注がれている。
嗚呼……
(そこに居たの……?)
口に出そうにも、胸の奥でつかえて出ない。その一言が。
優しく歌う声がする。
せせらぎの様な、優しげな歌が。
言葉の意味は判らない。でも、感覚的にその響きは、柔らかな小川そのものであるかにアーリアには思えた。
ひりつく程に泣き腫らした筈のまぶたが、今また熱い。が、それは痛みを伴うものでなく、古い縛めがほろり崩れ落ちる熱さに想えた。
アーリアはゆっくりとまぶたを開いた。
柔和でほっそりとした、青く透き通った手が、アーリアの髪を撫でていた。
キラキラとした櫛が、すっとすくたびに、旅の空で荒れ放題にしていたアーリアのくすんだボサボサの金髪が、艶やかな金糸へと化けていく。
(まるで魔法みたい!)
その向こうで、穏やかな微笑を浮かべる、まるで水そのものの様に透き通った女性は、涼やかに歌っていた。
「わあっ!?」
驚いて大きく口を開け、アーリアは慌てて口を閉じた。それを合図に、歌も止む。
もんどりうって、離れようともがいたアーリアは、無様な姿勢で向き合う事となる。
不思議な事に、水の中に居る筈なのに、アーリアは地上と同じ様に息が出来た。まったく苦しくなく、アーリアの身体は水中にふわふわと浮いていた。
水草がまるで地上の木々の様に林立する中、見上げれば水面なのだろう、キラキラと輝いている。
その透き通った女性は、足元まであろう見事なまでの豊かな青い髪に、その身と同じ色彩の青いドレスをまとい、これまで地上で出会ったどの人間をも超越した美しさを放ち、穏やかに微笑んでいた。
一言、二言、何とも心地良い響きで語りかけて来るが、残念な事に何を言ってるのか判らない。
(たぶん、小川の妖精さんだと思うのだけど・・・)
しょんぼり。
それでも気を取り直して、自分の胸を両方の掌で軽く叩いた。
「アーリア! アーリア!」
すると、相手もこちらの言いたい事が判ったみたいで小さくうなずくと、これまたたまらない程の魅力的な微笑で。
「アーリア」
そう言ってから、アーリアの両手を取って、すっと引くと、姿勢を正してくれた。
「アーリア」
「アーリア! アーリア!」
相手に名前を判って貰えた。そんな、たった一つの事がたまらなく嬉しくて、相手の驚く程にほっそりと滑らかな指を持って、うんうんと小さく揺する。
すると、相手もアーリアの手をその豊かな胸元に引き寄せ、軽く押し当てて言った。
「アウリーリン」