「――ところで、やっぱりちーのおっぱい大きくなった?」
本当に反省していたのか疑いたくなる切り替えの早さで唯莉が尋ねる。
すると、予想外の不意打ちを食らった千歳は驚いてビクッと身体を震わせた。
まさか今の状況で唯莉がこんな問いをしてくるとは誰も思わないだろう。千歳が驚くのは無理もない。慧に至っては溜息を吐きながら肩を竦めている。開いた口が塞がらないとは正にこのことだ。
「やっぱりって……」
「水着を買いに行った時にちーのおっぱい揉んだでしょ? その時の違和感がさっき確信に変わったの!」
千歳は胸を両腕で隠しながらジト目を向けるが、唯莉は全く意に介さない。
それどころか堂々と胸を張って声高に宣言する始末だ。
「確かにこの間
水着を買いに行った際に胸のことを唯莉に指摘された千歳は、以前から違和感があったのでちょうど良い機会だと思い、後日に改めて自分でサイズを測っていた。
「でっかっ!!」
反射的に驚きの声を発した唯莉は目を見開いた後、千歳の元々のバストサイズがFカップであることを知っていたので、「ついにそこまで到達したのか……」と感慨深げに胸中で呟いた。
「私からしたらあんたも充分デカいけどね」
慧の視線が唯莉の胸に突き刺さる。
「私と慧はそんなに変わらないじゃん」
「身長差があるからか、唯の方がだいぶ大きく見えるんだよね」
「それは慧が着痩せするタイプだからっていうのもあると思う」
身長が百六十八センチでDカップの慧と、百五十八センチでEカップの唯莉では、一目見た時の印象が異なる。
二人が並んで立つと背が高い慧の方がぱっと見では目立つのだが、小柄な唯莉の方が肉付きが良い所為か二カップ以上は胸が大きく見えるのだ。
仮に二人共バストサイズが同じだとしても、何故か背の低い人の方が胸が大きく見えたりする。インパクトの問題なのか、体格指数の問題なのか、理由はわからないが。
「慧はモデルみたいでかっこいいよね」
「うんうん。私も二人みたいに大きくなりたかった」
千歳の言葉に相槌を打った唯莉は羨ましそうに親友の二人を眺める。
「ありがと。でもモデルみたいなのは椎葉さんのことだと思う」
「それは確かに……」
「椎葉さんって陸上部の?」
「そう」
納得顔で頷く千歳の後に続いて唯莉が首を傾げながら疑問を口にすると、慧が首肯した。
「椎葉さんとは学校で時々すれ違うけど、その度にすんごい背が高くて、スラっとしてて、なんか別世界の人みたいだなーって思うよ」
「多分、私より十センチは背高いからね。しかもめちゃくちゃ手足が長い」
伊吹の身長は百七十八センチなので慧の目測は正しい。
「なら私より二十センチも大きいのかぁ……同じ女なのに……。これが格差社会ってやつか……!」
「いや、それは違うでしょ」
歯を食いしばりながら拳を握る唯莉にすかさずツッコミを入れる慧。
「しかも椎葉さんは全国的に有名な選手なんでしょ? 学校にインターハイ出場って書かれた垂れ幕も掛かっていたし」
「なんか聞いた話だと、そのインターハイで準優勝したらしいよ」
千歳の話に情報を付け足した唯莉は、「同じ一年なのに凄いよねー」と呟いて脱力する。
「比べても仕方ないことだけど、なんか自分が情けなくなるよね……」
同級生として伊吹の活躍ぶりを素直に凄いと思いつつも、その反面、何も成し遂げていない自分と比較してしまい自己嫌悪に陥ってしまった千歳は、唯莉とは違う意味で脱力してしまった。
「大半の高校生は私達みたいに漠然と日々を過ごしているだけだろうから、椎葉さんみたいに目標に向かって努力しているのは既に夢がある一部の人だけだと思うよ」
「そうなんだけどね……」
「私達が輝く番はまだ来ていないって考えれば少しは気が楽になるんじゃない?」
「……そういう考え方もあるんだね」
「まあ、その機会を生かすも殺すも自分次第だけど」
「上向いた気持ちを速攻で叩き落とされた……」
慰めてくれているのか、現実を突きつけているのか、判然としない慧のフォローに情緒を
「――私達にも椎葉さんに
沈んだ空気を打ち払うかのように声を発した唯莉は――
「おっぱいの大きさ!!」
と膝立ちになって胸を張りながら高らかに宣言した。
その拍子に千歳と慧の眼前で唯莉のEカップがぶるん! と揺れる。
「……少しくらい恥じらいを持ったら?」
唯莉の胸を凝視しながら苦言を呈する千歳。
「……」
返す言葉が見つからなかった唯莉は、一度周囲に視線を巡らせると無言で身体を湯船に沈めた。
マナーが悪いと思ったのか、恥ずかしかったのか、それは本人にしかわからないことだが、唯莉は顎まで湯船に浸けてしまっているので、おそらく千歳の苦言は効果覿面だったのだろう。
「確かに胸の大きさでは椎葉さんに
唯莉のことを放置して口を開いた千歳は洗い場に視線を向けながらそう言った。
千歳に釣られるように慧と唯莉も洗い場に視線を向けると、そこには紫苑と真帆の姿があった。
いや、正確には真帆の髪を甲斐甲斐しく洗っている紫苑に千歳の視線が突き刺さっている。
その視線の意図を察した二人は――
「あれは確かに次元が違う……」
「服の上からでも大きいのはわかっていたけど、あれはやばいね。裸になると存在感が強烈すぎる」
と溜息交じり呟いた。
唯莉は圧倒されたのか言葉が詰まり気味だが、慧は感嘆して饒舌になっている。
「女の私から見てもエロいと思うくらいだし、流石に自信がなくなるよ……」
Gカップの千歳も間違いなく世の女性が羨むようなお胸様の持ち主なのだが、それでも負けを認めざるを得ないほど紫苑の胸は強烈だった。
千歳は大きい故の苦労を知っているので、自分も紫苑のようになりたいとまでは思わないが、負けた気がして憧れてしまうのだ。
贅沢な悩みだと言われてしまっても無理ないが、それが乙女心というものなのだろう。
「あのおっぱいを一度で良いから揉んでみたい……!」
「胸だけじゃなくてお尻も太腿も全ての部位が絶妙なバランスで成り立っていて凄いセクシーだよね」
変態オヤジのように、揉み揉み、と両手で胸を揉む仕草をして願望を垂れ流す唯莉と、冷静に紫苑の身体を観察する慧。
「女の私達ですらそう思うんだから、きっと男子からしたら
千歳は平静を装いながらそう言うが、内心では「サネもああいうのが好きなのかな……」と
女の自分達ですら紫苑の身体に情欲のようなものが湧いてきたのだから、男にはかなりの破壊力があるに違いないと思った慧と唯莉は、千歳の言葉に全面的に賛同して二人揃って「うんうん」と頷いた。
それだけ紫苑の裸体が扇情的だったのだ。
一方その頃――真帆の髪を洗っていた紫苑は誰かに見られているような違和感があり、振り向いて周囲を探っていた。
しかし視線の出所が見当たらず首を傾げてしまう。
「久世ちゃんどうかしたのー?」
気持よく洗われていた真帆は、急に紫苑の手が止まったことに疑問を抱いて鏡越しに目を向けて声を掛ける。
すると、その声で紫苑は我に返り、「いえ、なんでもないです」と答えてから慌てて洗髪を再開した。
もしこの場に宰がいたら、「いや、自分で洗いましょうよ」と呆れながらツッコミを入れていたことだろう。
女湯での出来事なので今後も絶対に訪れない展開なのだが、場所さえ違えば容易に想像出来る光景であった。