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第91話 手伝い

 宰が考え込んでいた時間は三十分程だった。

 休憩時間の終わりを告げる為に宰が声を張り上げる。


 その掛け声に反応して、紫苑は実親のそばから離れていく。

 程なくすると映画研究部と演劇部の面々が宰のもとに集合した。


 集まった一同を見回しながら台本に修正を加えることを宰が報告する。

 幸いにも否定的な意見が出ることはなく、呆気ないと感じるほど簡単に受け入れられた。監督の意見には抗わずに従うというスタンスなのかもしれない。単純に宰の案に賛同していただけかもしれないが。


 各自撮影の準備に取り掛かる中、宰は修正した場面に登場する役を演じる理奈、斗真、棗の三人にディレクションをしている。

 実親が寛いでいる場所からだと何を話しているのかは聞き取れないが、四人の表情から如何いかに真剣なのかが伝わってきた。


 ディレクションが終わると撮影が再開して各自せわしなく動き回る。

 青空の下でしか撮影出来ないシーンがあるし、夕暮れ時じゃないと撮影出来ない場面もあるので一秒たりとも無駄に出来なかった。


 宰がカメラを構え、必要に応じてディレクションをする。

 真帆は宰の補佐をしつつ演劇部の面々のフォローに回り、紫苑は雑用としてせわしなく動き回っていた。

 その様子をビーチチェアに腰掛けながら眺めていた実親は、自分だけ寛いでいるのが居た堪れなくなって手伝うことにした。


 実親は映画研究部と演劇部、どちらの部員でもないので本来手伝う道理はないのだが、脚本家という形で参加している以上は他人事ではいられなかったのだ。


 しかし専門知識がない彼に手伝えることは限られている。邪魔になっては元も子もないので、専門的なことは宰と真帆に任せて雑用を買って出ることにした。

 一番忙しそうに走り回っていた紫苑の負担を少しでも減らせられればと思ったのもある。人一倍汗を流している姿を見たら誰だって放ってはおけないだろう。


 実親は一息ついている紫苑のもとに歩み寄り、何か手伝えることはないかと尋ねる。

 すると紫苑は笑いながら「ありがとう」と言い、頼みたいことをいくつか挙げていった。実親はその指示に従って動いていく。


 映画研究部の部員は三人しかいないので仕方ないことだが、この人数で映画を撮るのは非常に大変だ。

 本来は、プロデューサー、監督、助監督、撮影技師、照明技師、録音技師、デザイナー、スタイリスト、メイクアップアーティスト、編集、制作、美術、脚本家、音楽家、スクリプター、など多くのスタッフが参加して撮影する。映画の内容によっては操演そうえんやスタントマンなども必要だ。


 演劇部の部員で手の空いている者が手伝ってくれているとはいえ、人手不足感は否めない。猫の手も借りたい状況と言って差し支えないだろう。


 勿論、自主制作映画なので人手不足に関しては初めから想定していた。故に今の人数でも許容範囲に収まるように段取りを整えている。

 実親もその辺の事情を考慮した上で脚本を手掛けた。SFやファンタジー要素のある作品だと特殊効果などを加えたりして手間が増えてしまうからだ。


 そういった事情もあり、実親が手伝ってくれるのは撮影に参加している全員にとって大変ありがたいことであった。


◇ ◇ ◇


 仲間内で楽しく海で遊ぶシーンをとどこおりなく撮り終えると、タイミング良く夕陽が顔を出し始めていた。

 青空の下で撮らなくてはならないシーンを日が沈む前に撮影し終えることが出来たのは僥倖ぎょうこうだった。これも全て撮影に参加している一同が協力してくれたお陰だ。


 しかし夕暮れ時にしか撮影出来ないシーンがまだ残っているので、おちおち休憩してはいられない。一同は素早く準備を整えて撮影に取り掛かる。


 これから撮影するのは、宰が先ほど考え込んだ末に手を加えることにした場面だ。

 なので、実親は紫苑の手伝いをしながら興味深げに見学する。


「飛鳥……大事な話があるんだ」


 宰が構えるカメラの先で、斗真が神妙な面持ちで台詞を口にした。


「どうしました?」


 斗真の対面に立っている飛鳥役の理奈が首を傾げる。


「正直伝えるべきか迷っていたんだが、飛鳥には言うべきだと思ったんだ」

「大事な話ですか?」

「ああ」


 斗真が演じている役は陸上部の部長で、飛鳥の先輩にあたる。名前は隼人はやとだ。


「……俺は高校で陸上をやめる」

「え」


 絞り出すような重々しい口調で告げられた言葉に、理奈――飛鳥が目を見開いた。


「大学で続けないんですか!? 部長なら複数の大学から誘われている筈ですよね!?」

「確かに声を掛けてもらっている。だが進学はしない」


 隼人は飛鳥に詰め寄られて若干気圧されるも、努めて平静を装って言葉を返す。


「なんでですか……」


 困惑と落胆を内包した複雑な表情になった飛鳥は力なく肩を落としてしまう。


 隼人は元々大学に進学して陸上を続けるつもりだった。そのことを飛鳥にも伝えていた。

 しかし隼人は陸上を続けないどころか、進学すらしないと言う。飛鳥の頭の中は困惑でいっぱいだった。


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