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第71話 浴衣

 墓参りを終えてから二日が経っても実親の心は楓への想いが溢れ出て止まらなかった。

 そんな少し気が沈んだ心境の中でも今は外出しており、町田駅の北口にいる。中央にモニュメントが鎮座しているところだ。


 現在の時刻は十六時五十分であり、夕陽が顔を覗かせている。

 日中よりは気温が下がっていて過ごし易いが、人混みでごった返す駅前は活気に満ちていた。


 手持ち無沙汰の実親は行き交う人々を何気なく眺めていると、待ち人の二人がやって来るのを視線の先で捉えた。


 その二人は颯真と亮だ。

 向こうも実親のことを発見したようで、颯真が右手を顔の高さに挙げて「よっ」と言っている。


 人の波をすり抜けてやって来た颯真が開口一番に口を開く。


「すまん。待たせたか?」

「いや、五分くらいだ」


 待ち合わせ時間は十七時だったが、実親は十五分前に到着していた。


「遅刻した訳ではないし気にするな」

「そうか」


 実親の言う通り二人は遅刻した訳ではない。

 今は待ち合わせ時間の十分前なので気に病む必要などなかった。


「そんなことより、二人はちゃんと課題をやっているのか?」


 話題を変えた実親にげんなりした顔を向ける者が一人。


「こんな時にその話を持ち出すなよ……」


 亮は眉間に皺を寄せて恨みがましい視線を向ける。


 その反応の意味を察した実親は溜息を吐く。


「つまりやっていないんだな」

「……」


 図星だった亮は言い返す言葉がなくて黙り込んでしまった。


「俺は四割くらい終わってるぞ」


 亮と一緒にされるのは困ると言いたげな表情で颯真が呟く。


「なん……だと!?」


 信じられない言葉を耳にして愕然とした亮は、口を半開きにして間抜け面を晒してしまう。


「期間内に終わりそうか?」

「何事もなければ多分」


 勉強出来た方がモテるだろ? と言っていただけあり、颯真は確りと課題に取り組んでいるようだ。


 そんな颯真のことを亮は勝手に裏切者認定し、据わった目線を向ける。


「お前は自業自得だろ。颯真を責めるのはお門違いだ」

「容赦ない正論に俺のHPが急激に削られていく……!」


 謂れのない非難の眼差しを浴びた颯真の代わりに実親が苦言を呈すと、亮は胸を押さえて蹲った。


「何やってんの……」


 滑稽な姿を晒す亮に意識を取られていた二人は、死角から掛かった女性の冷淡な声に呆気に取られる。

 亮は女性の声に気付いていないのか、相変わらず蹲ったままだ。


 実親と颯真が声の主へ視線をむけると、そこには浴衣姿の千歳がいた。隣には慧と唯莉もいる。


「いや、いつも通り亮がアホなだけだ」

「そう」


 そんな説明になっていない実親の言葉で女性陣は納得する。

 みんなの亮に対する認識が窺い知れる一幕だ。


「三人共浴衣なんだな」


 実親は女性陣へ視線を向ける。


「うん。どう? 可愛いでしょ?」


 千歳は隣にいる慧と唯莉を引き寄せて三人並んで立ち、見せつけるかのように立ち居振る舞う。


「私は良いよ……」


 しかし、慧は気恥ずかしいのか遠慮してしまう。


「えー、折角なんだから見せつけないと勿体ないよー」


 対して唯莉はノリノリであり、得意気になって胸を張っている。


「額縁に収めていつでも眺められるようにしておきたいくらい三人共良く似合っていて綺麗だな。いや。唯は可愛いの方が合っているか」


 相も変わらず実親は褒め言葉を平然と言ってのける。


 満更でもなさそうな表情を浮かべながら、当然のことだと主張するかのように「でしょ?」と大仰に頷く千歳は、赤を基調とした浴衣を着ており、ハーフアップの盛り髪が印象的だ。


 嬉しそうに「えへへ」とはにかんでいる唯莉は、薄いピンクのミニ浴衣を着て脚を惜しげもなく露出し、ツインテールの盛り髪にしている。


 照れ臭そうに無言のまま前髪を弄っている慧は紺の浴衣を着ており、髪は左側頭部のところを編み込んでいた。


 ちなみに実親はパンク風のスカンズを穿いてロングTシャツを着ている。上下黒で統一しているのは相変わらずだ。

 実親は普段から派手な服装を着ているが、楓のことが恋しい時ほどより派手になる傾向がある。その方が楓がそばにいてくれる気がするからか無意識に選んでいた。


 颯真はチノパンにワイシャツを合わせ、亮はダメージジーンズにTシャツを合わせている。

 誰も野郎の服装には興味がないと思うので簡素な説明で終わらせておく。


「これぞ青春……!」


 浴衣姿の三人を目にした颯真は感動に打ち震えていた。


「生きてて良かった……!」


 HPが回復して復活した亮も感極まっている。


「別にあんたらに見せる為に浴衣着てきた訳じゃないんだけど」

「そうそう。見てほしいのはサネちーだけだよ」

「え? 私は違うけど?」


 血走った目をしている男二人へ冷めた目線を向ける千歳と相槌を打つ唯莉。

 しかし唯莉が口にした言葉に千歳は目が点になった。


 彼女の心境としては、義兄に浴衣姿を見せつけたいと思う訳ないじゃん!? といったところだろうか。


「確かにどうせ見られるならサネだけで良いね」


 唯莉の意見に慧が賛同する。


「なんでだよ……!?」

「そりゃないぜ……!!」


 眼中にないと言われているのと同じ扱いに颯真と亮が地団太を踏む。

 いや、正確には足を踏み鳴らしている訳ではなく、地団太を踏んでいる姿を幻視してしまう程の悔しがりようだっただけである。


「だってあんたらエロい目でしか見てこないじゃん」

「「グサッ!!」」


 下心丸出しだった二人の心に千歳の言葉が容赦なく突き刺さった。


「そうそう。好きでもない人にえっちな目で見られるのは不快でしかないんだよっ!」

「「グハッ!!」」


 すかさず唯莉が追撃を食らわせる。


「その点サネはそういう目で見てこないし、純粋に褒めてくれるからこっちもその気になるんだよね」

「「チーン……」」


 そして最後に慧がとどめを刺す。


 三段撃ちを食らった颯真と亮は仲良く膝をついてしまった。完全に表情が抜け落ちていて屍のようになっている。


「さ、流石俺達のサネせんせ……」

「男としての出来が違うぜ……」


 格の違いを見せつけられた颯真と亮は実親へ尊敬を眼差しを向ける。


「アホなこと抜かしていないでさっさと行くぞ」


 何もしていないのに尊敬されてしまった実親は肩を竦めると、女性陣を引き連れて歩き出してしまう。

 女性陣には見向きもされなかった颯真と亮は置いてけぼりくらってしまった。


 浴衣を着ていることと季節を鑑みて既に気付いている者もいると思うが、実親達の今日の目的は祭りである。先程から賑わっている祭りの音が聞こえていた。


 普段から人通りの多い駅前が一段と活気に満ちているのも祭りが原因である。

 浴衣姿の女性や、仲睦まじいカップル、子供連れの家族など、祭りが目当ての人々が行き交っていたのだ。


 そんな人混みの中を悠然と歩く実親は、浴衣姿の美少女三人を侍らせているハーレム王のように傍目には映っており、その背を慌てて追いかけた颯真と亮は王に付き従う従者のように見られていた。


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