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第46話 パートナー

「いえ、俺もアニメ化は嬉しいですし断りませんよ。それに鼎さんは担当作をアニメ化してもらうのが夢でしたよね?」

『ええ、そうです』


 鼎は安心したようにほっと胸を撫で下ろしてから頷く。


「なので尚更断りませんよ。俺と鼎さんは二人三脚でやってきたパートナーですからね。パートナーの夢は叶えたいじゃないですか」

『っ!』


 実親の言葉に二人で小説を作って来た日々が走馬灯のように脳裏を駆け巡っていき、鼎は声を詰まらせる。


 ここまで来るのに今まで色々なことがあり、鮮明に思い出せるほど濃密な日々だった。

 初めて単行本が発売された時は書店に並んでいるのを二人で見に行った。

 実親が展開に悩んで筆が進まなかった時は、鼎も一緒に徹夜してアイデアを捻り出したのは懐かしい記憶だ。

 鼎が担当作をアニメ化させることが夢だと語った際は、「一緒に頑張りましょう」と言いながら実親が笑ったのを覚えている。

 プライベートで辛く悲しいことがあり、どん底にいて筆を折りかけた実親のことを鼎は支え続けた。あの時の弱り切った姿は今でも忘れられない。

 『PGR』がボイスドラマ化された際はアニメ化に近付いたと二人で喜んだし、姉存の刊行が決まった時も二人でガッツポーズをした。

 鼎が新たに見出した作家の作品が刊行されると決まった際は実親も自分のことのように喜んでくれた。

 どんどん思い出が流れていき鼎は目頭が熱くなっていく。油断すると涙が零れ落ちてしまいそうで必死に耐える。


 実親も鼎と同じように思い出が脳裏を駆け巡っていた。

 夕陽で茜色に染まる海。そして波打ち際で戯れる紫苑と伊吹の幻想的な姿が美しくて天使が祝福してくれているかのように感じる。

 穏やかな波の音が心に落ち着きを与えてくれるのがとてもありがたい。そうじゃないと今にも感極まって涙腺が緩んでしまうところだった。


『……ありがとうございます』


 少し震えた鼎の声が実親の耳に伝わっていく。


「いえいえ、こちらこそありがとうございます」


 実親は今の自分があるのは鼎のお陰だと思っている。

 当時中坊だった自分のことを教え導いてくれたことには本当に感謝していた。

 作家と編集という立場は揺らがないが、もしかしたら姉がいたらこんな感じなのだろうか? と漠然と思っていたくらいだ。

 編集としては勿論尊敬しているし、普段は姉のような存在として慕っている。


『先生の努力が認められたことが嬉しいです』

「鼎さんの努力もですね」


 スマホ越しに聞こえた鼎の『ふふ』という笑声に釣られて実親も頬が緩む。


 数秒お互いに口を閉じて余韻に浸っていると、ふと思い出したように実親が呟く。


「そういえば……」

『どうしましたか?』


 鼎が首を傾げる。


「もうじき鼎さんの誕生日ですね」

『……そういえばそうですね』

「もしかして忘れてましたか?」

『ええ。恥ずかしながら……』


 約二週間半後の八月十四日に鼎は二十七歳になるのだが、悲しいことに本人が失念していた。


「少し早いですがおめでとうございます」

『ありがとうございます』

「何かお祝いしないとですね」

『『姉存あねそん』のアニメ化が誕生日プレゼントになりましたよ』


 スマホ越しで話していても鼎が微笑んでいるのがわかる。


「それはそれじゃないですか?」

『本当に最高の誕生日プレゼントですよ。これ以上何か望んだらばちが当たります』

「大袈裟ですね……」


 苦笑する実親は頭を掻く。


『それにこの年になると誕生日を迎えるのは少し複雑ですよ』

「と言いますと?」

『三十路に突入ですからね。これからは老けていく一方ですから仕事一筋の私でも思うところはありますよ。今の年齢くらいがちょうど良いです』

「そんなもんですかね」

『そういうものです』

「いくつになっても鼎さんは素敵な女性だと思いますけど」

『ありがとうございます。今はその言葉を素直に受け取っておきます』


 いつもなら軽く受け流すところだが、アニメ化や誕生日とめでたいことが重なって今は気分が良く、その上実親との思い出で感情がふわふわしていた鼎は真に受けることにした。


『話が逸れましたがアニメ化の件です』

「そうでしたね」


 すっかり脱線していたことに実親は苦笑する。


『これからは私も初体験なので至らぬ点があるかもしれません』

「初体験ですか」

『……何か変なことを考えていませんか?』


 初体験の部分に抑揚をつけて呟いた実親に引っ掛かるところがあった鼎は、咎めるような口調で問い掛けた。


「いえ、良い響きだなと思っただけです」

『……』

「少し興奮しました。ありがとうございます」

『何言っているんですか……』


 セクハラと訴えられてもおかしくない言葉に鼎は深々と溜息を吐く。


『そういうことをあまり他の女性には言わないことです』

「いくら俺でも誰彼構わず言ったりしませんよ」

『それは私なら良いってことですか』

「鼎さんは俺のことを理解してくれていますし、俺も鼎さんは言っても大丈夫な相手だとわかっていますから」

『まあ、確かに私は気にしませんし、先生なら良いですけど……』


 二人は互いに冗談を言い合える関係値を築いている。

 そもそも鼎が気にしないタイプだということを理解しているので、実親は遠慮なくセクハラ紛いの言葉を口にした。


 鼎も実親のことは信頼しているし、どこか弟のような存在として見ているところがあるので軽口を叩き合うのは悪い気はしない。寧ろ楽しんでいるくらいだ。


「それに嫌がる人に言う趣味はありませんし、鼎さんのような魅力的な女性だからこそ興奮するんですよ」


 外見の話だけではなく内面も含めてだ。


『それは私もまだまだ捨てた物じゃないですね』

「そうですね。それは間違いないです」


 二人は声を出して笑い合う。

 気心の知れた相手と軽口を言い合うのは時間を忘れるくらい楽しかった。


『話を戻しますね』

「はい」


 再び脱線した話を鼎はやや強引に引き戻す。


『これからは私も初めてのこと尽くしですが、素敵なアニメになるように全力を尽くします』

「ええ。よろしくお願いします」


 力強く宣言する鼎の姿が容易に想像出来た実親はとても頼り甲斐があると思った。

 元々頼りになるのは知っているが、より一層頼もしく感じたのだ。


『すっかり話し込んでしまいましたね。そろそろ仕事に戻ります』

「鼎さんと話すのは楽しいですからね」

『それは私もです』


 実親はいつも落ち着いている鼎と話すのが好きなので非常に心地よい時間だった。

 鼎にとってもオアシスに来たかのような心安らぐひと時だったので、忙しい仕事の合間を縫って電話した甲斐があった。そもそもプライベートの電話でなはく、仕事の話だったのだが。


『では、また話に進展があり次第連絡します』

「わかりました」


 その言葉を最後に通話が切れた。


「アニメ化か……」


 と感慨深げに呟く。

 いまいち実感が湧かずにぼんやりと海を眺める実親のことを夕陽が照らしていた。


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