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第28話 矛盾

「それで本題はなんだ?」


 翔が彩夏のことが好きなのはわかった。だが、これで終わりではない筈だ。

 まだ本題に入る前の段階に過ぎないと思った実親が尋ねた。


 視線を向けられた翔は言い淀むが、一息吐き改めて覚悟を決めると背筋を伸ばして口を開く。


「彼女に告ろうと思うんだが、踏ん切りがつかなくて悩んでいるんだ……」


 翔の告白宣言に女性陣が色めき立つ。

 決して揶揄ったりはしていないが、やはり色恋沙汰に興味津々の年頃なのかもしれない。


「踏ん切りがつかないというのは、相手に断られるかもしれないのが怖いってことか?」

「直球だな」


 実親の台詞に颯真が苦笑する。


「でもそうか。サネの言う通り駄目だった時のことを考えて萎縮しちまってるって考えると腑に落ちるな」

「確かに。そうじゃないと二人はとっくに付き合っていそうだし」


 翔と彩夏は既に付き合っていてもおかしくないほど仲睦まじく見えた。しかし、どうやら翔が足踏みして関係が進展していないようだ。


 そのことに颯真は納得して頷く。

 千歳も喉につっかえていた異物が取れたような気がした。


「そうかもしれない。サネの言う通り多分怖いんだと思う……」


 翔が実親の言葉を肯定する。

 今の今まで自覚していなかったが、実親に言われて自分はビビッているのだと気付かされた。それが情けなくて肩を落としてしまう。


「まあ仕方ないよな。誰だってあれこれ考えて腰が引けちまうだろ」

「そう言ってくれると心が軽くなるよ」


 颯真が慰めるように翔の肩に手を置く。


「んー、そんなに悩まなくても坂巻さん猪狩のこと好きだと思うけどなー」

「それは私も同感」


 唯莉の言葉に千歳が相槌を打つ。


「そうだね。私も同感。でも無責任なことは言えないから、あくまでも私達の主観だと思って」


 慧は賛同しつつ、翔が鵜呑みにしないように言葉を付け加える。


 確かに客観的に見て好意があると思っても、実際は見当違いだったというのは良くあることだ。


「それはわかってる。だとしても坂巻も俺のこと好きだと思ってくれてたら嬉しいな」


 翔は希望を見出したのか表情が少し和らぐ。どうやら女性陣の言葉に背中が押されたようだ。それでもまだ告白する勇気はない。


「俺は良くわからねぇや」

「お前は少し黙ってろ」

「ひでぇ」


 坂巻が翔のことを好きかもしれないなど亮には全くわからないことだった。

 そのことを呟くと、すぐさま颯真に黙殺されてしまう。


 今は翔の人生が懸っている。何もわかっていない人のことを構ってなどいられなかった。


 口を閉じた亮のことを無視して翔が口を開く。

 彼には亮のことを構っている余裕などないのだろう。


 翔の表情と場の空気で亮も察することは出来た。なので無視されても文句は口にしない。

 自分は何も力になれないと思い大人しく見守ることにした。


「もし振られたら元の関係に戻れるかが不安なんだ。そもそも元の関係に戻るのは図々しくないのか? とも思ってしまう」


 ただでさえ翔と彩夏の距離は近い。

 恋人としてではなくても友人として一緒に過ごせるのは幸せなことだ。

 自分が告白した結果今の関係が瓦解してしまったら元の鞘に収まることは叶わないかもしれない。それなら今のままの関係でいた方が良いのではないかと思ってしまう。


「それはお前が気まずくなって元の関係に戻れないってことか?」


 実親が尋ねる。


「いや、俺は元に戻りたいし、戻るつもりだ。でも坂巻の方が気まずくなって距離を置いてしまうかもしれないだろ?」


 自分は今まで通り接しても、相手が気まずくなって離れてしまうかもしれない。

 それが一番翔を弱気にさせている原因だった。


「翔、余計なお世話かもしれないが、少し厳しいことを言っても構わないか?」

「あ、ああ」


 実親は翔の言葉に思うところがあった。少々厳しい言葉を口にするので本人が聞きたくないなら言わないつもりだ。

 しかし翔は若干気圧されながらも頷いた。何を言われるのかと内心ビビっているのは秘密だ。


 実親は本人の了承を得たので遠慮なく言わせてもらうことにした。


「俺は坂巻のことは良く知らないから確認なんだが、彼女は振った相手だからと態度を変えるような奴なのか?」

「そんなことないぞ! 坂巻は相手を思い遣れる奴だ」

「そうか」


 翔は食い気味に否定する。

 自分が想いを寄せている人を悪く言われるのは我慢ならなかった。


「ならお前の言っていることは矛盾しているぞ」

「え……」


 実親の指摘に翔は目が点になる。


「お前さっき坂巻の方が気まずくなって距離を置いてしまうかもしれないだろ? って自分で言ったよな」

「……」


 確かに自分で言ったことだ。何も言い返すことが出来ない。


「つまりお前は坂巻のことを振った相手だからと態度を変えるような奴だと無意識に思っていたんだろう」

「もしかしたらそうかもしれない……」


 実親の指摘に思い当たる節があったのか表情が暗くなる。

 自分が坂巻に対してそんなことを思っていたのかとショックを受けていた。


 翔が落ち込んでいるのはわかっているが、それでも実親は言葉を止めない。真剣に翔のことを考えているからだ。誰だって厳しいことは口にしたくはない。精神的に疲労するし、相手に嫌われる可能性もあるのだから。それでも厳しいことを言うのは翔のことを想っている証拠だ。


 翔も実親が真剣に自分のことを想って言ってくれているのだと理解している。なので拒絶することなく素直に耳を傾けていた。


「お前は自分が好きだと言っている相手のことを信用していないってことになるぞ」


 相手を信用していたら態度を変えるなどと思わないだろう。少なからず思うことはあっても、矛盾したことは口にしない筈だ。


「まずは坂巻のことを信用してやったらどうだ?」


 実親の声色が少し優しくなる。


「お前が勇気出せないのを坂巻の所為にするなよ。今のお前は坂巻のことを言い訳の道具にしているのと変わらない。相手に失礼だ」


 だが言っていることはかなり手厳しい。


 翔はハッとして目を見開き言葉を失う。

 彩夏のことを好きだと言っておきながら、自分のプライドを守る為に彼女のことを言い訳に使っていたのだと気付かされた。

 幸せにしたい人に失礼なことをする自分に想いを告げる資格があるのだろうか? と自問してしまう。


「さっきも言ったように俺は坂巻のことは知らないが、お前のことは良く知っている」


 翔はクラスメイトの中でも親しい方だ。交流もあるし友人だと思っている。彼の為人ひととなりは知っているつもりだ。


「お前は良い奴だし、話を聞いた限り脈はありそうだ。ちー達のお墨付きもあるしな。だから堂々と胸を張ってぶつかって来い。自信を持て」


 憶測だけで無責任な発言は出来ない。だが翔は誰かに背中を押してほしくて弱音を吐いているのだろうと思った。なので多少強引でも後押ししてやるのが友人としての務めだと思い発破を掛けたのだ。


「……耳が痛い」


 翔は一度大きく溜息を吐くと顔を上げた。

 彼の顔つきからは覚悟が窺える。


「確かにサネの言う通りだと思う。全く我ながら情けない話だ……」


 情けないと言いながらも瞳には確固たる意志が宿っている。

 女々しい自分とは今日でおさらばだ、と言うかのような眼差しだ。


「夏休みに入る前に坂巻に告ることにする」

「そうしろ。お前が二の足を踏んでいる間に坂巻が他の男とくっつくかもしれないしな」

「……想像しただけではらわたが煮えくり返る」

「世の中に絶対は存在しないんだ。せめて後悔しないように最善を尽くすのが賢明だと俺は思うぞ」


 いつまでも坂巻がフリーとは限らない。

 思うに彼女は少なからず翔に好意を抱いている筈だ。もしかしたら翔が想いを告げてくれるのを待っているのかもしれない。

 なので他の男と付き合う可能性は低いと思うが、手遅れになる恐れもある。いつまでも想いを告げないでいると愛想を尽かされてしまいかねない。


 男の方から告白するべきなどと時代錯誤なことを言うつもりはないが、手遅れになる前に自分から想いを告げるべきだ。

 仮に失敗したとしても自分が納得出来る形でけりをつけた方が良い。後悔しない為に。


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