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第27話 相談

かけるか」


 颯真が真っ先に反応した。


 視線の先にいる男の名は猪狩いかりかけると言う。

 百八十一センチの長身でガッチリとした筋肉質の体型だ。筋肉質だが圧迫感がある訳ではない。所謂細マッチョだ。

 黒髪をツーブロックにしてサイドをすっきりと見せながら、前髪とトップを鶏冠とさかのように思い切り逆立たせており、彫りの深い顔立ちと上手く合わさっていた。

 ワイシャツは第二ボタンまで外して腕捲りをし、裾はスラックスに入れている。


 彼は実親達と同じB組だ。クラスメイトなので当然みんな交流がある。


「少し良いか?」


 翔は仲の良い六人で談笑している空間に割って入るのが申し訳なくて遠慮がちに問い掛けた。


 実親達六人は顔を見合わせて確認し合う。

 頷いたり目線で訴えたりして意思を伝え合い、みんな問題なさそうなので実親が代表して返答する。


「構わんよ」

「助かる」


 翔は安堵したのかホッと息を吐き、別のテーブルから椅子を持って来て颯真と亮の間に割り込む。


「サネと颯真に相談があって探してたんだ」

「俺と颯真にか?」

「ついでに亮もな」

「俺はついでかよ」


 実親と颯真が顔を見合わせて疑問を浮かべていると、翔は亮に視線を向けて苦笑していた。


「お前に相談しても意味なさそうだからな」

「ひでぇ言われようだ」

「だってお前何も考えてなさそうだし」


 辛辣な言葉に亮は肩を竦める。仕草が大袈裟なので冗談たと理解して受け流しているようだ。尤も、翔は半分冗談で半分本気であったが。


「なら私達は席を外した方が良いね」

「そうだね」


 男同士の相談に女が立ち入るのは無粋だろうと思い、千歳は席を外そうとする。

 千歳の言葉に相槌を打った慧も腰を浮かせた。

 唯莉も二人の後に続く。


 実際女性がいると話し難いこともある。男は女子がいる前では見栄を張りたい生き物だ。男同士だからこそ本音で話せることもあるだろう。


「いや、女子の意見も聞きたいから三人共いてくれ」


 気遣いはありがたいが、どうせ千歳達もいるなら同席してもらうことにした。


「そういうことなら遠慮なく」


 女子目線の意見が必要な相談なのだろうか? と思いながら千歳が呟く。

 そして女性陣は浮かせていた腰を下ろした。


「部活は良いのか?」


 颯真が尋ねる。


 翔はアメリカンフットボール部に所属しているので、本来なら今頃は部活動に励んでいる筈だ。


「ああ。まだ大丈夫だ」

「そうか」


 部活をサボっている訳ではないようだ。

 それなら何も問題ない。


「それで相談ってなんだ?」


 実親が問う。


「その、なんだ……坂巻さかまき彩夏あやかってわかるか?」


 翔は反応を窺うように六人の顔を見回す。


「D組のだよね?」

「そう。D組の坂巻」


 千歳の問いに翔は頷く。


「あー、テニス部のか」


 颯真も当たりが付いたようで、脳内に彩夏の姿を思い浮かべた。


「正確には女子テニス部だけどな」

「細かいな……」


 翔の指摘に颯真は頭を掻く。


 全ての運動部が当て嵌まる訳ではないが、男女で分かれている部は多い。

 テニス部も男子部と女子部に分かれている。男子テニス部に女子がマネージャーとして所属している場合もあるので、テニス部だけだとどちらのことなのかわからない。

 ちなみに文化系の部は全て男女共同だ。


「坂巻さん美人だし、みんな知ってるよ」

「背高くて羨ましい」


 千歳の台詞に続いて唯莉が吐息多めに呟く。


「ポニーテールが似合ってるよね」

「うんうん」


 唯莉は慧の台詞にも頷く。


 坂巻彩夏は一年D組に在籍している。

 中学生時代の実績と百七十一センチの身長を見込まれてスポーツ推薦で入学した女子テニス部期待のホープだ。

 可憐さとクールな印象が上手く合わさった整った顔立ちをしており、動く度に揺れる茶髪のポニーテールが特徴で男子からも人気がある。


 唯莉の身長は百五十センチ後半だ。

 千歳と慧も一般女性としては背が高い部類なので、いつも一緒にいる唯莉は余計身長が気になるのかもしれない。

 背の高い女性に憧れるのは同性だからこそだろう。

 先程呟いた際に吐息が多分に含まれていたのは羨ましいという気持ちが溢れ出たからだった。


「それなら話が早い」


 翔は一度言葉を区切ると、覚悟を決めました、と言わんばかりに息を吸ってから続きの台詞を口にする。


「俺、彼女のことが好きなんだ」


 必死に平静を保っているが、照れを隠し切れていない。

 それでも眼差しからは真剣さが犇々ひしひしと伝わって来るので本気なのがわかる。


「ああ、知ってるぞー」


 颯真は何を今更と言いたげな表情だ。


「え」


 対して翔は口を半開きにしたまま目を白黒させている。

 颯真の反応が予想外で一時的に思考が停止してしまった。


「……なんで知ってんだ?」

「なんでって言われてもな……」


 翔は呆然としながらもなんとか言葉を絞り出したが、颯真は返答に困って実親達に視線で助けを求める。


 すると、みかねた実親が肩を竦めてから口を開いた。


「お前が坂巻のことを好きなのははたから見ていてもわかり易かったからな」

「嘘だろ……?」

「一目瞭然だったぞ」

「マジかよ……」


 翔は顔を真っ赤に染めて頭を抱えてしまう。

 坂巻のことを好きなのが周りにバレバレだったことがわかり恥ずかしくなったのだ。


 亮以外の面々は生暖かい視線を向けた。


「寧ろ二人は付き合ってると思ってだけど」

「うんうん」


 千歳の言葉に唯莉が相槌を打つ。


「二人は良く一緒にいるし、仲良さそうだったもんね」

「ね。てっきり付き合ってるのかと思ってたけど違うの?」


 慧は普段見掛ける翔と彩夏の様子を思い浮かべる。

 どこからどう見ても仲睦まじいので恋人同士だと思っていた。


 休み時間に二人が楽しそうに話している姿を良く見掛ける。一緒に下校しているところも頻繁に見掛けた。二人は別の部活動に所属しているので態々わざわざ都合を合わせている筈だ。そこまでして二人は一緒にいる。

 しかも二人の物理的距離感が近く、ボディタッチなどの触れ合いもある。

 そういったことを互いに許している関係値や、態度と表情から心理的距離感が近いことも明白だ。

 二人の関係を知らない者なら恋人同士だと思ってしまうのは無理もない。


 だが話の流れ的に付き合ってはいないように感じる。

 既に恋人同士なら「彼女のことが好きなんだ」ではなく、「彼女と付き合っているんだ」と言ってから話を切り出す筈だ。

 なので疑問を解消する為に千歳が翔に確認した。


「いや、付き合ってない付き合ってない」


 翔は頭を左右に振って否定する。

 どうやら本当に付き合っていないようだ。


「そうなんだ」


 千歳は付き合っていると思っていたので意外感を顕にする。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 今まで黙って話に耳を傾けていた亮が口を開いた。

 早口で語調が強いので、どこか慌てている印象を受ける。


「どうした?」


 颯真は驚いて若干気圧されるが、落ち着いて続きを促す。


「みんなは翔が坂巻のこと好きなの知ってたのか!?」

「そりゃそうだろ」


 颯真が真っ先に肯定した。


「何を今更」

「当然でしょ」

「うんうん」


 続いて慧、千歳、唯莉が順に答える。


「お前だけ気付いてなかったんだな」


 実親は亮の残念さ具合に思わず憐憫の眼差しを向けてしまう。


「あんなにわかり易かったのに」


 千歳は呆れて肩を竦めた。残念なものを見るような冷たい視線が亮に突き刺さる。


「全く気付かんかった……」


 亮は自分だけ気付いていなかった事実に肩を落とし、背凭れにガタッと脱力するように体重を預けた。


 外見は良いのになんとも残念な男である。

 いや、寧ろこういったところが彼の愛嬌なのかもしれない。


「亮らしくはあるな。これからは安定の亮と呼ぼう」


 颯真の台詞に亮は何も言い返すことが出来ず天を仰ぐ。

 いつも残念な姿を露呈しているので「安定の亮」という言葉は言い得て妙だった。


 打ちひしがれる亮とは反対に、笑いが起きて場の空気が緩和し、幸か不幸か覚悟を決めて相談しに来ていた翔の緊張がほぐれて肩の力が抜けた。

 翔は心の中で亮に感謝する。


 亮は不本意な形でファインプレーをしていたが、それを本人が知る由はなかった。


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