翌週、遂に期末試験が始まった。
試験は一日に三科目ずつ行われ、一週間掛けて十五科目実施される。
この日の試験は古文、政治経済、数学の三科目だ。
そして現在は古文の試験の真っ最中であった。
一年B組の教室には答案用紙に文字を記入する音が広がっている。
クラスメイトが問題文と睨めっこしている中、既に答案用紙に全て記入し、見直しも済ませた実親は時間を持て余していた。古文は得意科目なので早々に終わった。
手持ち無沙汰になった実親は背凭れに腰を預け、腕組みして瞼を閉じる。
すると、ここ一週間の出来事が次々と脳裏を
一週間のうちに四回も紫苑を自宅に泊めた。
どうやら紫苑はすっかり実親の自宅を気に入ったようだ。
学校では千歳達に勉強を教え、自宅では紫苑に教える日々であった。
お陰で実親にとっても良い復習になったので負担にはなっていない。寧ろ勉強が捗ったくらいだ。
期末試験はまだ始まったばかりだが、みんなの調子はどうだろうか? と気に掛かる。赤点を取って補習を受ける羽目になったら教えた甲斐がない。折角なので少しでも良い結果を残してほしいところだ。
みんなが真面目に勉強していた姿が脳内に流れていく。
一歩引いた立場からみんなのことを見守り、自分のペースで黙々と勉強していた慧は余程のことがない限りは心配無用だ。
ふざけたり愚痴を漏らしたりしながらも補習を回避する為に真面目に勉強していた千歳と颯真もおそらく大丈夫だろう。
唯莉も確り勉強していたが、苦手科目が少々不安だ。
不承不承ながら勉強していた亮は山が当たるかが成否を分ける。外れた場合は厳しいかもしれない。
紫苑は家庭環境の所為で落ち着いて勉強することが出来ないだけで地頭は悪くない。今回は確り勉強出来たのでそれほど心配はいらないだろう。
実親も試験対策には抜かりがない。
万が一結果が振るわなければ、「自分達の勉強に付き合わせていたからサネは自分の勉強が出来なかったんだ」、とみんなに思わせてしまうかもしれない。
実親は決して無理強いされていた訳ではないし、自分が了承したことなのでみんなが気にすることではないと思っている。
だからこそ試験で不甲斐ない結果を残す訳にはいかず、万全の準備で試験に臨んでいた。
実親は一度瞼を開いて時計に目を向け、秒針が時間を刻んでいくのを眺める。
試験の終了時間までまだ五分以上あった。引き続き時間を潰す必要がありそうだ。
一番後ろの席なので全体を見渡せる。ぱっと見た感じだと他にも時間を持て余している者が数人いた。
実親は時間を潰す為に再び瞼を閉じて記憶を遡り、自宅での出来事を思い出す。
一週間のうちに四回も紫苑を自宅に泊めたので、彼女がいて当たり前の生活になっていた。
(あれは美味かったな……)
ある日、紫苑が手料理を振舞ってくれた。
その時食べた料理の味を思い出し、実親は口内に溜まった唾液をゴクリと喉を鳴らして飲み込む。
紫苑が振舞ってくれた料理はラタトゥイユだ。
ラタトゥイユはフランス南部のプロヴァンス地方に位置するニースの郷土料理で、夏野菜を煮込んだ物である。
バイト先で作り方を教わったそうで、慣れた手付きで調理していた。
作っている最中から香りが鼻腔を擽り食欲を掻き立て、完成が待ち遠しかったのは良い思い出だ。
今でも嗅覚と味覚が香りと味を確りと覚えている。
(今度作ってみるか)
自分では作ったことがないので上手く出来るかはわからないが、紫苑が料理しているところを興味津々に見学していた。なので調理工程ははっきりと覚えている。
忘れられない味をまた堪能したい。
実親はラタトゥイユの作り方を振り返る。
鍋にオリーブオイルと
炒めたらトマトを加えて中火にし、塩を二摘まみほど加えてソースが軽く煮詰まったら火から外して置いておく。
フライパンにオリーブオイル、大蒜、タイムを入れて火にかけ、
焦げないように適宜掻き混ぜ、野菜に火が通ったらトマトソースの入った鍋に加える。鍋を火にかけ、大体十分ほど煮込む。
そして鍋から大蒜とタイムを取り除き、器に盛ってバジルをあしらう。仕上げにバージンオリーブオイルを回しかけて香りづけしたら完成だ。
野菜の甘味と旨味を大蒜やバジルなど香りの強い食材が引き立てており、コクが口内を満たした。
思い出すだけで口内に唾液が溜まっていく。
(……早速作ろう)
すっかり舌がラタトゥイユを求めてしまっている。
今日の夕食の献立が決まった。ラタトゥイユを主食に据える。
帰りにスーパーに寄ることにした。
紫苑が料理している姿を思い出していた所為か、自宅で過ごしていた彼女の様子も脳裏を
夏なのもあり紫苑は常に薄着だった。
風呂上がりの上気した顔と身体も色っぽく、非常に蠱惑的だった。
以前泊めた時と同じように寝る時は同じベッドで一緒に眠っていたが、紫苑が寝返りを打った際に彼女の豊満な胸が実親の腕や背中に当たることもあった。その感触が未だに残っている。
紫苑はどれも無自覚だったので実親は心配になった程だ。
理性のない男なら襲っていたかもしれないと。
もしかしたらそれだけ紫苑が実親のことを信頼している証拠かもしれない。
自分の家のように落ち着いて過ごせているのなら実親としては問題なかった。
だが――
(一度忠告しておくか)
実親は最悪の事態を想定して眉を顰める。
紫苑が他の男の家に泊まることがあるかはわからないが、万が一があるので注意しておいた方が良いだろう。襲われてからでは遅い。
彼女が悲しむようなことがあれば実親としても良い気はしない。出来れば笑っていてほしい。
(すっかり毒されているな……)
表情には出さないが、内心で苦笑する。
自然と笑っていてほしいなどと思うのは少なからず好意がある証拠だ。
その好意が友人としてなのか、異性としてなのかは別として。
実親は脳裏に焼き付いた紫苑の痴態が忘れられないように、彼女の存在自体が自分の中に根付いているのだと思った。
悶々として物思いに耽っていると、チャイムが校内に響き渡った。
「そこまで」
古文担当の女性教師が手を止めるように促し、答案用紙を全て回収していく。
教室内を見渡すと、自信のありそうな表情を浮かべる者や、駄目だったと嘆く者、早々に次の試験のことに頭を切り替えている者など三者三様だった。
そんな中、実親は紫苑に対して「君の痴態が忘れられないんだ」ということを再認識していた。
今も脳内で紫苑の痴態が再生されており、性欲を刺激されて下半身に熱が籠って行く始末だ。
(切り替えろ)
この後はまだ政治経済と数学の試験が残っている。
今のままでは集中出来ない。
実親は頭を振って煩悩を振り払い、残りの試験に臨むことになった。
二時間後、実親は紫苑の痴態に悩まされながらもなんとか試験を乗り切った。
だが、今後も脳裏に焼き付いた紫苑の痴態に実親は悶々とさせられることになる。
出会い方が衝撃的だったのもあるが、それだけ彼の中で紫苑の存在が大きくなっている証拠でもあった。
結局この日は帰宅してから自分で二発抜いて煩悩を鎮める羽目になった。