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第22話 予定

 勉強を終えた六人は町田駅にいた。中央にモニュメントが鎮座している北口だ。


 夕陽が一帯を茜色に染め上げている中、帰宅する人々が行き交う。

 実親達は人の波から逃れるようにモニュメントのそばに移動する。

 今日は幸い風があるので外にいても然程暑くはない。


「なあ、夏休みはどうする?」


 モニュメントを囲う柵に背中を預けた颯真が口を開いた。

 一同を見回してから続きの台詞を口にする。


「俺は海行きたいんだけど」


 夏なので海水浴は鉄板かもしれない。

 波打つ海、白い砂浜、食欲をそそる海の家の料理、水着美女、確かに魅力的で捨てがたい。


「気が早いな」


 実親は思わず苦笑する。


 今は六月下旬だ。夏休みまで、まだ約一月はある。

 待ち遠しいのはわかるが、まずは目先の試験を優先すべきだ。


「楽しみが待っているとわかっていた方が勉強にも精が出るだろ?」

「そういうもんか」

「そういうもんだ」


 実親は颯真の言うことは尤もかもしれないと思った。

 彼も楽しみにしている小説の発売日までに仕事を終わらせてしまおうと意気込むことはある。それと同じ理屈だろう。


 アイスキャンディーを齧っている亮が呟く。


「俺はキャンプしたい」

「確かにキャンプも良いな」


 颯真は頷いて賛同し、候補に加えておくことにした。

 キャンプも夏の醍醐味の一つと言えるイベントだからだ。


「やっぱりお祭りとか花火大会とかかなー」

「うんうん」


 唯莉の言葉に千歳が頷く。


「夏フェスとかもあるね」

「それも良いな!」


 一歩引いた位置にいる慧が呟いた言葉に颯真の食指が動き、指を鳴らした。


 夏休みにはやりたいことが山積みだ。

 今挙げたイベントだけでも盛り沢山であり、夏休みを満喫する気満々なのが犇々ひしひしと伝わって来る。


「サネは?」


 颯真は未だ意見を述べていない実親に話を振る。

 そして一同は実親へ顔を向けた。


 一同の視線が突き刺さる中、実親は内心で「期待しているところ申し訳ないが」と思いながらも遠慮なく告げる。


「読書」

「……」


 案の定一同は一斉に黙り込んでしまった。


「サネはインドアだもんね」


 千歳が苦笑しながらフォローする。


 実際実親はインドア派だ。時間があれば読書をしているし、アニメや映画も良く鑑賞する。そもそも仕事もあるので必然的に家にいることが多い。


「折角の夏休みなのに勿体無い」


 亮は信じられないと言いたげな表情だ。


「夏休みだからだろ」

「サネらしいよな……」


 肩を竦めながら溜息を吐いた颯真は頭を掻く。


「だがツーリングはするからキャンプでも海でも行けるぞ」


 家にいることが殆どだが、愛車でツーリングするのも趣味だ。たまには外の空気を吸いたいと思う時もある。


「流石サネ。話がわかるな」


 なんだかんだ言っても付き合いの良い実親のことが颯真は好きだった。


「そういえばサネはバイク乗るんだよね」


 唯莉が口元に手を当てながら思い出したように呟く。


「ああ」


 バイクで通学することもあるので知られていても不思議ではない。


「慧と気が合いそうだよね」

「そうなのか?」

「うん。ね?」


 唯莉は自分の腕を慧の腕に絡める。そして上目遣いで同意を求めた。


「父の影響でね」


 慧が頷く。


 彼女の父はバイク愛好家だ。その影響を受けて育った為、慧もバイクを好きになった。


「近いうちに免許取る予定」

「それは良いな」


 実親は慧に親近感を抱く。


 慧は先月誕生日を迎えて十六歳になった。なので普通自動二輪免許を取得する資格を有している。今は免許を取得する為にバイトで資金を貯めているところだ。


「今度相談に乗ってよ。バイクのこととか」

「勿論良いぞ」

「ありがと」


 慧が風で靡く前髪を手で抑えながら頼むと、実親は食い気味に了承した。


 購入するバイクのことなどを相談出来る人が身近にいるのは心強い。父にも相談するつもりだが、同年代の意見も参考にしたいところだ。慧としては非常に有難いことだった。 


 実親としてもバイクの話が出来るのは嬉しい。

 互いにとって旨味のある話だ。


 二人の会話が一段落したところで颯真が口を開く。


「兎に角、夏休みのうちに行けるだけ行こうぜ」

「満喫する気満々だな」

「当然!」


 遊ぶことしか考えていない颯真に実親は苦笑する。


 実親の言葉に一際声量を上げて肯定した颯真は、心の底から夏休みを楽しみにしているようだ。


「みんなも参加するよな?」


 颯真は一同を見回す。

 彼は初めから全員参加する前提で話を進めていた。だが、もしかしたら不参加の者もいるかもしれないと思い、念の為確認を取ったのだ。 


「ああ」


 真っ先に亮が頷く。

 彼は悩む間もなく即答だ。


「他に予定がなければね」

「私も」

「同じく」


 腕を組んでいる千歳が答えると、唯莉と慧が追随した。

 組んでいる腕に豊満な胸が乗っていて強調されている。本人は強調しているつもりなどないのだが、大変眼福だった。


「それは仕方ない」


 颯真は頭を掻く。


 夏休みとは言え、毎日自由に過ごせる訳ではない。別の予定が入ることもある。

 それくらいは颯真も心得ているので無理強いはしない。


「俺も都合が合えばだな」


 実親は一学生として生活しているが、私生活は割と忙しい。

 現在は二作品連載している上に、別の執筆依頼が来ることもある。

 幼馴染に頼まれている脚本も書かなくてはならない。脚本は夏休み前に書き上げるつもりだが、後に修正などもしなくてはならないだろう。

 他に夏休みの課題もある。

 家にいることが多いので誤解されがちだが、多忙な日々を送っていた。


「まあ、細かいことはグループメッセージでやり取りしよう」


 颯真は柵に預けていた腰を離し、一度手を打ち鳴らしてから結論を告げる。

 その言葉に全員素直に頷いた。


 この場にいる六人は、所謂クラス内の派手グループだ。クラスの中心にいるような人気者が集まっている。

 人気のある者同士が故意にグループを結成している訳ではなく、親しいから自然と一緒にいることが多いだけだ。メッセージアプリにも六人用のグループがある。

 それが自然とクラス内で一目置かれる中心的なグループになったいた。


 尤も、実親はオタクグループ、ガリ勉グループ、文学グループ、体育会系グループなど、どのグループとも親しくしている。

 その時の気分次第で輪に加わるグループが変わるので、フリーと言った方が的確かもしれない。

 また、一人でいることも多い。

 他の五人も大なり小なりいろんな人と分け隔てなく接している。


「課題あるのは忘れるなよ」


 実親が容赦なく釘を刺す。

 水を差すようで申し訳ないが、夏休みには多くの課題が出される。いくら夏休みが楽しみとは言え、課題を疎かにして良い道理はない。成績に直結するので尚更だ。


 結果、彼の言葉で場は沈黙に包まれた。

 慧だけ「やれやれ」と言いたげに肩を竦めており、他の四人は無表情になっている。


 慧は六人の中で実親に次いで成績が良い。課題もあまり苦にならないタイプだ。

 だが残りの四人は違った。向き合いたくない現実から逃避している。


 それでも千歳、唯莉、颯真はちゃんとやる性分なので問題ないだろう。

 問題は亮だ。彼のことなので課題をやらない可能性すら考えられる。


 その事実に行き着いた五人は一斉に亮へ視線を向けた。


「……俺?」


 亮は五人が自分に視線を向けている意図を理解出来ず目を瞬かせる。


 予想通りの反応に「駄目だこいつ」と思った颯真が肩を落としながら口を開く。


「夏休みの予定にみんなで課題をやる日を追加で……」

「そうしましょ」

「うんうん」


 千歳と唯莉が首肯する。


 亮のこともあるが、三人もみんなで宿課題をやる日があった方が助かるので考える間もまく賛同した次第だ。


(藪蛇だったな……)


 実親は自分の仕事が増えそうだ、と心の中で溜息を吐いた。

 四人の課題の面倒を見る羽目になって僅かに渋面になっている。


 実親の機微に気が付いた慧が同情心の籠った視線を向けると、彼と目が合った。

 二人は互いの心情を理解して苦笑し合う。


(互いに苦労するな)

(本当にね)


 互いに親友二人の面倒を見る立場であり、どこか通じ合うものがあった。

 それでも見放さないのだから二人共面倒見が良いのだろう。


 二人の心情など知らないとばかりに他の四人は課題に対して愚痴を零している始末であった。


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