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第20話 友人

 四時間目の授業が終わり昼休みになった。


 弁当を取り出す者。

 学食や売店へ向かう者。

 トイレに駆け込む者。

 友達と談笑している者。

 授業でわからなかった箇所を先生に質問している者。

 みなはそれぞれ思い思いに過ごしていた。


 そして昼食を摂らない実親はいつも通り読書に興じようと思い席を立とうとする。

 ちなみに実親の席は窓側の一番後ろで、誰もが羨む席を確保していた。尤も、席順はくじで決めているので完全に運任せなのだが。


「サネ」


 しかし立ち上がる前に名前を呼ばれた。男の声だ。


 声の主が前方から歩み寄って来る。

 一先ず席を立とうとして少しだけ浮かせていた腰を下ろす。


「なんだ?」


 声の主は要件を問う実親の一つ前の席の椅子に跨るように腰を下ろした。

 背凭れに肘を乗せて頬杖をつく。


「ちーに聞いたんだけど、放課後に試験勉強するんだろ?」

「ああ」

「俺も交ぜてくれね?」


 男が言う「ちー」とは千歳のことだ。

 親しい者はみんな「ちー」と呼ぶ。実親もその一人だ。


「俺は構わないが……」


 実親としては問題なかったが、千歳が了承するかはわからない。

 勝手に決めてしまうのも憚られたので語尾を濁した。


「おっ、さんきゅ。一応ちーにも確認しとくわ」

「そうしてくれ」


 男は顎を手から離すと、喜色を浮かべながら軽い口調で感謝を述べる。

 本人はちゃんと千歳に確認を取るつもりだったようだ。それなら実親が断る理由はない。


颯真そうまはちゃんと勉強するんだな」


 目の前にいる男の名前は財前ざいぜん颯真そうまだ。

 脱色した金髪を束感のあるミディアムショート仕上げている。

 両耳には一つずつピアスを付けており、顔立ちも整っていて爽やかな印象だ。

 実親ほどではないが、制服を少しだけ気崩している。


「そりゃ勿論」


 実親の問いに颯真は頷くと、ドヤ顔で続きの台詞を口にする。


「だって勉強出来た方がモテるだろ?」


 颯真が真面目に勉強する理由は至極単純であった。

 実親は思わず苦笑する。


「まあ、成績が良いに越したことはないだろうな」


 確かに勉強出来ないよりは出来た方が印象は良いだろう。

 好みは人それぞれだが、知的なところに惹かれる者もいる。


「何より補習で休みが潰れるのは嫌だしな。女子と遊ぶ時間が減っちまう」


 颯真は眉間に皺を寄せ、心底困ると言いたげな表情になりながら肩を竦める。


 試験で赤点を取ると補習を受けなければならない。

 特に夏休みが潰れるのは痛い。

 高校生にとっては友人と遊んだり、デートしたりなど青春を謳歌する貴重な機会だ。勿論遊びだけではなく、勉強や部活などにも時間を割ける。

 自己投資をする絶好の期間だ。


「欲望に素直なところは好感が持てる」


 実親は素直な人を好むので表情が和らぐ。


 勉強、部活、恋愛、仕事など、何をするにも素直な者が成功すると思っている。

 素直な者は欲に忠実なので目標に向かってひたむきに努力し、助言や注意にも耳を傾けるので成長力と修正力を兼ね備えているというのが実親の価値観だ。

 勿論、欲望のままに動くだけで微塵も努力しない者や、他人に迷惑を掛けまくる駄目人間もいるが。

 その点颯真は真面目に努力するタイプなので好感が持てた。


「素直というか、女子と遊びたいのは男のさがっしょ?」

「それは人によるだろ」


 さも当然という顔をしている颯真に実親はすかさずツッコミを入れる。


「いやいや、サネも好きだろ?」

「否定はしないが、俺は読書する時間の方が大事だ」


 実親も女子と遊ぶのは嫌いではない。

 好きか嫌いかで問われれば当然前者を選ぶ。だが実親にとっては活字の世界に浸る方が充実した時間を過ごせる。


「嘘だろ……」


 颯真は信じられないと言いたげな表情だ。


「俺も漫画なら読むけど、サネが好きなのは小説だろ?」

「漫画も読むが、小説の方が多いな」


 実親はライトノベル、ライト文芸、純文学、大衆文学、エッセイ、漫画、歴史書、哲学書などを好んで読む。

 中でも小説が特に多い。


「俺は読めてもラノベくらいだわ。他は途中で気力が切れる」


 颯真は頭を掻きながら溜息を吐く。

 あくまで読めてもなので、好んで読んでいる訳ではない。そもそも殆ど読んだことがない。

 確かに活字の羅列は好きな人でないと読むのは辛いかもしれない。漫画より敷居が高く感じるのもあるだろう。


「まあ、趣味は人それぞれだ」

「……そうだな。俺は女子と遊ぶのが好きだ」


 実親には実親の、颯真には颯真の趣味嗜好がある。無理に合わせる必要はない。


 颯真が真面目な顔つきで頷くと、横から会話に割って入る者がいた。


「なんの話してんだ?」


 男は問い掛けながら実親の隣席に移動し、机の端に軽く腰掛ける。

 右手にはパンを持っている。


「試験勉強の話」

「ふーん」


 颯真が答えると、男は興味無さそうにパンを齧る。


「亮、お前も一緒に勉強するぞ」

「んげ」


 颯真の言葉に、亮と呼ばれた男は露骨に顔を顰めた。


 彼の名前は磯貝いそがいりょうだ。

 橙色に近い茶髪をミディアムくらいの長さでウルフカットにしており、前髪の中央部分だけを上げて結ぶんでいる。

 整った顔立ちとピアス、颯真よりも気崩している制服で外見はやんちゃそうな印象が強い。


「俺は遠慮する」


 亮は勉強したくないようだ。


「いや、お前こそ勉強しなきゃだろ」


 颯真が説得を試みる。


 颯真は決して成績は悪くない。学年全体で言うと中の上辺りだ。


 だが亮は下の中くらいである。良く見積もっても下の上と言ったところだ。少しでも勉強を怠ると補習行きが現実味を帯びる。

 颯真の言う通り亮こそ勉強しなくてはならないだろう。


「最低限赤点は取らないようにしろよ」


 実親も忠告しておく。


「夏休み潰れても知らんぞ」

「……」


 颯真の言葉に亮は無言を貫く。

 余程勉強したくないのだろうか。眉間に皺を寄せて露骨に嫌な顔をし、葛藤しているのが伝わって来る。


 勉強はしたくないが、颯真の言う通り夏休みを潰したくはない気持ちの方が強いのだろう。

 パンを齧り咀嚼して飲み込むと、深く溜息を吐いてから口を開く。


「……わかったよ。俺も夏休みは潰したくないからな」


 重々しい口調ではあったが、勉強する決心がついたようだ。


 亮も夏休みを無駄にしたくはなかった。

 女子と遊んだり、友人と馬鹿なことをしたり、思いっきりゲームしたり、目一杯寝たりしたい。

 しかし、その為には赤点を回避しなくてはならない。

 勉強はしたくなくても、充実した夏休みを死守する為には逃げられなかった。


「前みたいにサネせんせに教えてもらえばなんとかなるさ」


 颯真が亮の右肩に手を乗せる。


 実親は前回の試験でも颯真と亮の勉強を見た。その甲斐もあり二人は予想以上に良い結果を残せている。以降二人から先生扱いされていた。

 今回も実親の力を借りて乗り切ろうという魂胆だ。


 実親にとって二人は学内で一番親しい友人なので勉強を教えることに否はない。

 三人で過ごすのは心地よく感じるので尚更だ。


「んじゃ、そういうことでよろしくな」


 話が纏まったところで颯真は席を立つ。


「俺は飯食ってくる」

「俺も行く」

「お前は今食ってるだろ……」


 昼食を摂る為に学食へ向かおうとすると、亮も同伴を申し出る。既にパンを食べているにも拘わらず、まだ食べる気のようだ。

 颯真は呆れてジト目を向ける。


 そのまま二人は言葉を交わしながら教室を出て行く。


 一人残された実親は残りの時間を読書に費やす為に人気ひとけの少ない場所を求めて彷徨うことにした。


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