立誠高校の一年B組。
このクラスには実親が在籍している。
実親はまだ閑散としている教室に入り自分の席へ移動すると、鞄から必要な物の取り出して机の中にしまう。
そして鞄は廊下にあるロッカーに収納した。
「ねえ」
実親は背後から声を掛けられ、振り返るとそこには千歳がいた。
ワイシャツの胸元を開いているので谷間が見えており、ネックレスが輝いている。鞄を肩に掛けているので、ワイシャツが引っ張られてより谷間が見えていた。
ワイシャツの上からベージュのカーディガンを着ており、実親は「暑くないのか?」と心の中で思う。
非常に短いスカートで太股を露出し、ルーズソックスを履いている。
胸の辺りまである長さの金髪をいつも通りの脱力ウェーブにしており、髪の隙間からはピアスが見えていた。
カラーコンタクトやブレスレットも身に付けている。
「なんだ?」
「今日、久世さん? と一緒に登校してた?」
実親が問うと、千歳は何故か疑問形で答える。
千歳は実親が紫苑と共に登校しているのを目撃していた。
意外な組み合わせで驚いたが、それよりも別のクラスで特に接点のない二人が一緒にいて疑問に思っていたのだ。
「ああ」
「ふーん」
実親が頷くと、千歳は顎に手を当てて窺うような視線を向ける。
「久世さん美人だもんね。おっぱいもすんごい大きいし」
両手で大きい胸を表すかのようなジェスチャーをする。
千歳は紫苑と話したことはないが、学校でも目立つ存在なので名前と顔は知っていた。
「そうだな。あいつの胸はマジでデカい」
「結局はおっぱいか!」
実親が「うんうん」と頷いて感慨に耽っているのがわかり、千歳は自分で話を振っておきながらムッとなり眉を吊り上げた。
紫苑の胸の大きさを思い出せるほど親密な関係なのかと勘繰ってしまう。
そう思うと腹立たしさと嫉妬心が湧いて来た。
「私もおっぱいには自信あるんだけどなー」
千歳は自分の胸に目を向ける。
紫苑と比べたら見劣りするかもしれないが、彼女も他の女性から羨望の眼差しを向けられる程の巨乳の持ち主だ。
「お前の胸も眼福だな」
実親は千歳の胸をまじまじと見つめて呟く。
「えっち」
興味津々なのを隠そうともしない実親に千歳はジト目を向ける。だが嫌そうではない。寧ろ喜んでいる節すらある。
「作家は変態であるべし、だっけ?」
「ああ」
実親は真面目な顔で首肯する。
千歳は実親が自分のことを女性として見てくれているとわかり嬉しくなった。本人は無自覚だが機嫌が良くなっている。
鞄を肩から下ろして手で持つと、そのまま両手を腰の後ろで組む。そして若干前屈みになって実親に圧を掛けるように詰め寄った。
すると無意識に口から質問が飛び出す。
「ところで、久世さんとは付き合ってるの?」
問い詰めるような棘のある声色だ。
「いや」
実親は首を振って否定する。
実親からは千歳が前屈みになっているので胸の谷間がはっきりと見えていた。
ワイシャツとカーディガンが重力に引っ張られて胸との間に僅かだが隙間が出来、微かにピンクのブラジャーが見えている。
だが、残念ながら千歳は気付いていなかった。
何故なら――
(何訊いてんの私!?)
千歳は無意識に口から出た質問に内心で慌てふためいていたからだ。
(これじゃ私が気にしてるみたいじゃん!)
千歳は探るように実親の顔を見る。
「どうかしたか?」
「う、ううん」
どうやら変に思われてはいないようだ、と千歳は安堵しホッと息を吐く。
(……あれ? もしかして……寧ろ気にしてる?)
自分でも驚くほど安堵していることに内心で首を傾げる。
実親が誤解しなかったことだけではなく、紫苑と付き合っていないことにも安堵しているのでは? と思い至った。
彼が紫苑と仲良さそうに一緒に登校していたことに妬いて問い質すようなことをしてしまったのか? と自分でも予想外の結論に行き着く。
(いやいや、兄妹になったばかりで変に意識しちゃってるだけでしょ)
必死に脳内で言い訳を並べて否定しようと試みているが、冷静さを欠いていて成果は芳しくない。
実際に千歳は実親と義兄妹になってから無自覚に意識していた。
本人は気付いていないが、母と妹に言われた言葉が頭の片隅にこびりついていたのだ。
今も家にいると二人は時々茶化して来る。実親との恋模様をだ。
(そもそも私達は義理とは言え兄妹だから!)
巡らせていた思考をやや強引に断ち切る。
一人黙り込んで思考に耽っていたので実親に変に思われていないかと不安になったが、然程時間は経過していない。体感では長く感じていただけだ。
「意外な組み合わせでちょっと気になっただけだから」
「そうか」
千歳は一先ず冷静になる為に話題を変えることにした。
一度髪を掻き上げ、気持ちを切り替えてから口を開く。髪を掻き上げた際に複数のピアスが輝いた。
「それより再来週には試験が始まるし、勉強教えてくれない?」
千歳は派手な見た目に反して意外と真面目であり、成績も悪くない。
元々試験勉強はしていたが、それでも理解の至らない箇所もあるので不安だった。なので確りと対策をしてから試験に臨みたい。
「サネ成績良かったよね? 確か前回の試験結果も上位だった筈だし」
千歳は首を傾げながら記憶を辿って実親の成績を思い出す。
髪が靡いて良い匂いが実親の鼻腔を刺激する。シャンプーの匂いか体臭かはわからないが、嫌いな匂いではなかった。寧ろ好きかもしれない。
「良いぞ」
「ほんと?」
「ああ」
実親としても断る理由はない。
紫苑に答えた時と同じだが、勉強を教えるのは自分にとっても復習になる。
「妹が成績不振だと兄として情けないからな」
実親は僅かに口元をにやつかせて大袈裟に肩を竦める。揶揄っているのが見え見えだ。
「何それ」
千歳は唇を尖らせてジト目を向け、実親の肩を軽く
二人は元々仲が良いので、実親が冗談で言っているのは理解していた。
冗談を言い合える関係値を築いているので喧嘩にはならない。拗ねる仕草もポーズに過ぎず、最終的には互いに笑みを浮かべる。傍目にはイチャついているようにしか見えないが。
「早速今日の放課後から始めるからそのつもりでな」
「了解」
期末試験は再来週に迫っているので時間的猶予は然程ない。
少しでも早く始めた方が良いだろう。
「じゃ、よろしく」
千歳は右手を肩の高さで軽く振りながら教室に入っていった。