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第17話 寝床

 夕食を済ませた後、実親は書斎に籠って執筆に励んでいた。

 暫く集中して執筆していた実親は一度手を止め、二階のリビングへと移動する。


 現在の時刻は二十二時を過ぎた辺りだ。

 紫苑がいつ寝るかわからないので、今のうちに伝えておくことがあった。


 階段を下りてリビングに着くと、紫苑はソファに腰掛けてテレビでドラマを観ていた。

 ドラマを観ている時に声を掛けるのは気が引けるが、黙って待っていても仕方ないので声を掛ける。


「久世」

「何?」


 名を呼ぶと紫苑は顔を実親へ向けた。


「寝る時は寝室のベッドを使って良いぞ」


 実親が口にしたように、寝る場所を伝えておく必要があったのだ。

 寝室は一つしかないので、ベッドは紫苑に譲るつもりでいた。


「……黛はどうするの?」

「そこで寝る」


 実親は首を傾げる紫苑が座っているソファに目線を向けて答える。

 一日くらいソファで寝ても問題ない。


「いや、それは悪いし、私がここで寝るよ」


 泊めてもらっている立場でベッドを使わせてもらうのは憚られた。

 家主もベッドで寝るなら兎も角、ソファで寝ると言うなら尚更だ。


「気にするな」

「いやいや、気にするって」

「一日くらい構わん」

「それは私の台詞。黛の方が身体大きいんだし」


 実親としては本当に気にしなくて良かったのだが、紫苑は遠慮して首を横に振る。

 その反応に彼は思わず頭を掻く。女性をソファで寝させて自分だけベッドで寝るのは気が引けたからだ。


 しかし紫苑の言う通り、百八十センチを超す体格の実親の方がソファで寝るのは窮屈で辛いだろう。


「んー、なんなら一緒に寝る?」


 自分が頷かない限り黛は譲らない、と思った紫苑は妥協案を提示する。

 両腕で膝を抱えた態勢で首を傾げる紫苑の姿は、色気と可憐さが内包していて魅惑的だ。中々の破壊力がある。


「いや、それこそ駄目だろ」


 実親は付き合ってもいない男女が同じベッドで寝るのは良くないと苦言を呈す。

 紫苑の場合は特にだ。実家で母親が連れ込んだ男性から迫られることもあった彼女には尚更配慮しなくてはならない。


「まあ、黛なら良いかなって」


 紫苑は実親の配慮に気が付いていた。その気持ちは非常にありがたい。

 そうやった気遣いの出来る実親ならベッドを共にしても構わないと思った。


「それにさっきも言ったけど、黛と一緒にいると安心出来るし」


 夕食時に言った言葉は本心だ。

 実親のことを信頼出来て安心しているだけではない。共にいると安心出来て心が落ち着くのだ。


「そうは言うが……」


 それでも実親は気が引ける。

 付き合ってもいない男女がベッドを共にすることもだが、実親には他にも問題があった。

 それは脳に焼き付いた紫苑の痴態の所為で彼女のことを意識してしまうことだ。

 勿論自制しているが、限度はある。実親が渋るのは無理もないだろう。


 しかし、このまま押し問答を続けていても切りがないと思った実親は腹を括る。


「お前がそれで構わないと言うなら一緒に寝るか」

「うん。そうしよ」


 幸い寝室にあるベッドはダブルベッドなので二人で寝ても窮屈にはならない。


 実親は身長的にシングルベッドだと少々窮屈なので、快適に眠れるようにダブルベッドを購入していた。それがまさかこのような形で役に立つとは思わなかった。


「んじゃ、そういうことで」

「はーい」


 話が纏まったので実親は執筆を再開する為に書斎へと戻った。

 実親の背を見送った紫苑はテレビに視線を戻す。


 その後二人は眠りにつくまで思い思いに過ごした。


◇ ◇ ◇


 翌朝、実親が目を覚ますと、隣には気持ちよさそうに眠っている紫苑がいた。

 彼女は右隣にいる実親の方に身体を向けて眠っているので寝顔が丸見えだ。


 実親はいつもと違う日常に不思議な感覚になる。

 改めて紫苑を顔を見つめると、紛うことなき美少女であった。


 目鼻立ちのはっきりとした顔立ちは間違いなく美しい。

 腰から下は掛け布団で隠れているが、布団の上からでもわかるほど魅惑的な身体つきをしている。

 現に今は横向きに寝ているので胸元が押し寄せられてとんでもなく魅力的な事態になっていた。

 元々大きな胸が更に大きくなっているように見えるのだ。しかもはだけているので胸元がはっきりと見えている。


 その彼女が今は自分の隣で安心したように寝息を立ててぐっすりと眠っている。

 不思議な感覚になるのは道理だろう。


 一先ず実親は紫苑を起こさないように気を付けながらベッドから出る。

 寝室を出ると二階へ移動し、エアコンを起動した。熱気の籠っていた二階が冷風で満たされ、寝汗が少しずつ引いていく。


 その後はコーヒーメーカーを起動して珈琲を用意する。

 カウンターチェアに腰掛けてコーヒーサーバーに抽出されて行くのを眺めていると、三階から紫苑が下りて来た。


「おはよ」


 紫苑は気怠そうに目元を擦っている。

 サイズの大きい実親のワイシャツを着ているので必然的に萌え袖になっていた。


「お前も飲むか?」

「んー、珈琲?」

「ああ」

「飲む」


 あらかじめ多めに抽出させているので二人分の量は充分ある。

 実親は食器棚からカップを取り出す為に立ち上がった。

 紫苑はソファに腰を下ろす。

 二人は暫しの間のんびり過ごし、コーヒーサーバーに抽出されるのを待った。


 全て抽出されると実親がカップに注ぐ。

 注ぎ終わった後は両手にそれぞれカップを持ち、紫苑の分のカップをソファの前にあるテーブルに置く。


「ほら」

「ありがと」


 そして実親は紫苑の左隣に腰を下ろし、テーブルに置いてあるリモコンを手に取ってテレビの電源を入れた。

 朝のニュース番組に目を通しながら珈琲を飲む。


「そう言えば、そろそろ期末試験だがちゃんと勉強しているのか?」


 実親は口に含んだ珈琲を飲み込むと、思い出したように呟いた。


 今は七月なので期末試験がある。約二週間後だ。

 成績に直結するので確りと勉強しておかなければならない。赤点を取り続ければ留年も免れない。


「授業はちゃんと聞いてるけど、自主的にはしてないかな……」


 紫苑が苦笑しながら重い口を開く。

 彼女の場合は友人宅に泊まらせてもらうことが多いので、勉強するタイミングが中々ないのが痛いところだ。

 授業は真面目に受けているので最低限の点数は取れる。だが赤点を取らないと断言出来る程の自信はなかった。


「得意な科目と苦手な科目は?」

「うーん」


 最悪得意な科目は放っておいても問題ないだろう。

 逆に苦手科目に焦点を絞って対策を練った方が効率が良い。

 尤も、赤点を取らないことだけに限った場合の話だが。


「期末試験にある科目だと得意なのは現代文、古文、日本史、家庭科で、苦手なのは理系科目かな」

「俺と同じだな」

「そうなんだ」


 期末試験の対象は現代文、古文、英語、日本史、世界史、地理、政治経済、倫理、数学、物理、化学、生物、情報、家庭科、保健体育の十五科目だ。


 実親は文系が得意であり、理系は苦手分野である。


「まあ、苦手科目でも赤点を取ることはないが」


 苦手科目でも日々勉学に励んでいるので赤点を取る心配はしていなかった。


「黛って前の中間試験の時は学年何位だった?」

「五位」

「……それ苦手科目あるって言えるの?」


 五月には中間試験があった。

 立誠高校は試験結果を上位五十位まで掲示板に掲載するので人目に付く。ちゃんと確認している人なら実親の順位を把握している筈だ。ちなみに五十一位以下の人は全ての答案が返って来た後に担任から配られる成績表で順位を確認出来る。


 中間試験では学年五位の成績を残した実親だが、中間試験には情報、家庭科、保健体育はない。なのでもし情報、家庭科、保健体育が苦手だと期末試験では総合点が下がってしまう。尤も実親に不安はなかった。その三科目とも苦手ではないからだ。


 紫苑は予想以上に実親の成績が良くて愕然とし、何故か裏切られた気分になった。

 学年上位の成績を残す為には全ての科目で高得点を取らなくてはならない。

 確かに苦手な科目あるのか? と首を傾げたくなる気持ちはわかる。


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