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第9話 意識

 鼎の差し入れをありがたく頂き、一服したところで実親が口を開く。


「さて、そろそろ買い物に行くか」


 生活する上で必要な物が全然ない。

 最低限の物は揃えないと生活もままならない。

 今日のうちにせめてベッド、冷蔵庫、洗濯機は購入しておきたかった。


「鼎さんも行きます?」


 元々千歳と二人で行くつもりだったが、鼎もいるので尋ねてみる。


「一人暮らしの先輩としてご一緒して頂けると助かるんですけど」

「そうですね……ご一緒します」

「ありがとうございます」


 鼎は顎に手を当てて考え込むも、直ぐに答えを出した。

 やはり実親のことが心配のようだ。

 数年の付き合いで実親が年齢の割には確りしているのは理解しているが、それでも未成年という事実は変わらない。

 鼎が心配するのは道理だろう。


「まずはどこ行くの?」


 ペットボトルのお茶を飲んでいた千歳が尋ねる。


「近くに家具量販店があるからそこからだな」


 まずはベッドやソファ、テーブルなどを買いに行く。


「その後家電量販店だ」

「了解」


 冷蔵庫や洗濯機、テレビに炊飯器なども買わなくてはならない。


「それじゃさっさと済ませちゃおう」

「そうだな」


 千歳に促されて、実親は立ち上がる。


 そして一同は買い物に繰り出した。


◇ ◇ ◇


 一通り買い物を済ませ、今は帰宅中である。

 既に夕刻で、日が傾き辺りは茜色に染まっていた。


 金髪の千歳は髪が赤みを帯びており、風景と一体化して情緒的で自然と視線が向いてしまう美しさがあった。


 千歳の前では実親と鼎が並んで歩いている。

 彼女から見て二人は阿吽の呼吸で通じ合っているように感じた。

 既に数年の付き合いがあるのだから仕方ないとは思うが、何故か釈然としない。


(母さんと咲綾が変なこと言うから……)


 千歳は無意識に溜息を吐く。


「どうかしたか?」

「ううん。何でもない」


 溜息に気付いた実親が振り返って尋ねるが、千歳は頭を左右に振る。


(あの日から変に意識しちゃってるじゃん)


 千歳は顔合わせをした日から咲綾と皐月が口にした言葉をずっと意識してしまっていた。


(私達は義理とは言え兄妹だし、そもそも今までそんな目で見たことなかったし……)


 咲綾と皐月が口にしたのは実親と千歳が交際することについてだ。

 咲綾は面白がって言っていただけだろうが、皐月は好意的に捉えていた。寧ろ応援している節すらある。


(確かにサネは他の男子と比べて大人びていて落ち着いているから元々印象は良かったけど)


 二人は以前から親しい間柄だ。


 千歳から見て同級生の男子と比較すると実親は好印象だった。

 他の女子からの評判も概ね良好だ。

 既に小説家として働いているからか、母親のいない環境で育ったからか、普段から落ち着いていて余裕があるように見受けられる。


(正直、ありかなしかで言えばありだけど)


 前を歩く実親に視線を向ける。


 高身長で顔も良く、性格も好感が持てる。学業も優秀で、非の打ち所がない。

 そして経済力があって家族想いでもある。


(あれ? 改めて考えると優良物件じゃない?)


 真剣に考えるとのがすのは勿体無いのでは? と思い至る。


(いや、でも大事なのは好きか否かだよね)


 好きでもないのに付き合うのは違う気がする、という考えに行き着く。


 買い物している時の実親と鼎の様子を思い出す。


 実親は鼎のことを信頼しているように見えた。

 鼎の意見には素直に耳を傾け、尊重しているのがわかる。


 鼎は鼎で実親のことを確りと考えているのが傍目にも伝わった来た。

 未成年だから必要以上に面倒をみているだけなのか、特別な信頼関係があるのかは判断に迷うところだ。


 そこまで考えて千歳は胸がチクりと刺されるような違和感をいだいた。


(え……)


 予想外にも胸中にモヤモヤとした言葉に出来ない感情が広がって行き、自分のことながら戸惑う。


(まさか……嫉妬?)


 実親と鼎の関係を考えると胸が痛む。


(特に何かイベントがあった訳でもないのに? 私……チョロ過ぎない?)


 実親との間に特別な出来事があった訳でもないのに意識してしまっている自分が情けなくなり溜息を吐いてしまう。


(突然同級生の男子と兄妹になったから意識しちゃっているだけで、特別な感情って訳ではないでしょ)


 確かにクラスメイトの男子と突然兄妹になってしまったら意識してしまうだろう。

 その感情がどのようなものかは別にして、意識するなという方が無理な話だ。


 千歳は頭を振って自分の気持ちに折り合いをつける。


 夕陽が彼女の頬を赤く染めているのか、照れて顔を赤くしているのか、それは誰にもわからない。

 千歳自身が自分の気持ちに気付いていないのだから。


「それでは、私はここで失礼しますね」


 立川駅に辿り着くと、鼎とは別れることになった。


「今日はありがとうございました」

「いえいえ、私の方こそ休日にお邪魔して申し訳ありませんでした」


 実親が会釈すると、鼎も苦笑しながら頭を下げる。


 帰宅ラッシュの時間なので人々が行き交い喧騒が背景音楽となっている。


「何か困ったことがあればいつでも連絡して下さい。仕事のことでも、プライベートのことでも」

「助かります」

「千歳さんもまたね」

「またです」


 そう言うと、鼎は背を向けて去って行った。

 改札を潜る後ろ姿を見送る。

 鼎の姿が見えなくなると、実親は千歳の方を向く。


「帰るか」

「うん」


 そして二人は帰路に着いた。


 心なしかいつもより二人の間に距離があるように感じる。

 実親のことを意識しないように千歳がわざと離れて歩いているのかもしれない。


 少し距離はあるが並んで歩く二人のことを茜色の夕陽が照らし、映画のワンシーンのような情緒ある光景を作り出している。

 しかし、反対に千歳の胸中には言葉に出来ない悶々としたものが渦巻いており、いつもは美しく感じる夕陽が妙に眩しく感じて鬱屈した気持ちになっていた。


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