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第7話 転居

 六月中旬の休日。

 実親は自分がこれから暮らすことになる新たな住居の前にいた。


「なんで私まで……」


 隣には千歳がおり、溜息を吐いて気怠そうにしている。


「知らんわ」


 素っ気無くあしらう実親。


 千歳は実親の引っ越しを手伝うように皐月に言われて仕方なく付いて来た。


 実親は実家のある聖蹟桜ヶ丘から、新居のある立川までバイクで移動している。

 電気やガスなど諸々の手続きや確認を終えた後、電車移動した千歳を先程立川駅まで歩いて迎えに行ったところだ。


 二輪自動車免許は取得してから一年以上経たないと公道で二人乗り出来ないので別々に移動する必要があった。


「暑いし早く中に入れてよ」

「ああ」


 まだ午前中とはいえ、段々と蒸し暑い季節になってきたので薄着でも汗が流れて来る。

 既に三十度を超す日もあるくらいだ。


 千歳は黒のオフショルダースリムフィットTシャツを着て、下半身はデニムのショートパンツを穿いて生足を露出し、靴はレースアップショートブーツを履いている。

 薄着ではあるが、それでもやはり暑そうだ。髪を掻き上げて首元に籠る熱を放出している。


 実親は上下黒で統一したパンクロックパンツを穿き、上半身にはロングTシャツを着ていた。そして黒いパンク風のブーツを履いている。

 肩を優に超す長髪なので首元に熱が籠るが、気にせずに無表情を貫く。


 実親は扉の鍵を開ける為に扉へ近付く。


「なんか、パンクな服装だね」


 千歳は実親の後を追いながらずっと気になっていたことを呟く。


「……ああ、好きなんだ」


 なんの変哲もない良くある話題だが、実親の顔に一瞬だけ影が差し、その影響で答えるまでに少し間があった。

 どことなく寂しそうに見える背中に何か煩悶することでもあるのだろうか? と千歳は思ったが、敢えて気付かない振りをする。

 触れて良いのかわからなかったからだ。


 元々親しい間柄とは言え、触れてほしくないこともあるだろう。

 家族になったばかりだからこそ踏む込んで良いのかも判断に迷うところだ。

 これから家族としての関係を築いていく上で地雷を踏むのは避けたかった。


「ふうん。サネは背高くてスタイルも良いし、なんでも似合うよね」


 千歳は以前から実親のことを「サネ」と呼んでいる。


 彼女の言う通り実親は背が高い。

 身長は百八十三センチだ。手足も長くスタイルが良い。

 確かに何を着ても似合いそうだ。


「それはお前もだろ。顔もスタイルも良いからなんでも魅力的に着こなしている」


 そう言うと、鍵を開けた実親は扉を開けて中に入って行った。


 千歳の身長は百六十五センチで、豊満な胸とくびれたウエスト、そして長い手足をしている。

 何を着ても見事に着こなすお洒落女子だ。


「……」


 予想外の不意打ちに照れてしまった千歳は一瞬足を止め、数秒後には少し顔を赤らめながら慌てて実親の後を追った。


「あー、涼しい」


 扉を潜った千歳はエアコンの効いた部屋に生き返る。

 照れて赤みを帯びていた顔も自然と冷めていく。


「ってか、こっちガラス張りじゃん」

「ああ、ガレージが見えて良いだろ?」


 玄関から直線は廊下になっており、テーブルや椅子、植栽などを置けるくらいの幅が確保されている。

 そして右側はガラス張りになっており、先にはガレージが広がっていた。廊下からガレージへ抜けられるガラスの扉もある。


 実親の新居は長屋のガレージアパートメントだ。

 ガレージには実親の愛車であるVK五六A型イントルーダークラシック四〇〇が止まっている。


「好きな人には堪らないのかもね」


 千歳は苦笑して肩を竦める。


 好きな人には愛車を眺められて堪らない環境かもしれないが、興味のない人には共感のしようがない。


 廊下の先には螺旋階段があり、二階へと繋がっている。

 階段を上り二階へ向かうと、リビングと水回りが広がっていた。


「へえ、結構広いじゃん。まだ上もあるし」

「三階まであるからな」


 二階にはリビング、カウンター付きのアイランドキッチン、トイレ、洗面所、浴室がある。

 そして三階には二つ目のトイレと洋室が二部屋あり、寝室と書斎に分けて使う予定だ。

 階段は更に上へ繋がっており、屋上テラスへ出られる扉がある。


「まだ荷物来てないから休んでいて良いぞ」


 千歳はリビングの床に腰を下ろす。

 来る途中のコンビニで買って来たペットボトルのお茶を飲む。


「生き返る」


 外が暑かったので冷えたお茶が身体に染み渡る。


「ここ高そうだけど家賃いくら?」


 一人で暮らすには充分過ぎる広さの部屋に立川という立地だ。

 実家からもそれほど離れていなく、必要な条件が揃っている物件がタイミング良く見つかったのは運が良かった。


 だが、この条件の物件は家賃が高いのではないか、と千歳は疑問を抱く。


「買ったから家賃はない」

「え……買った?」


 千歳は予想外の台詞に耳を疑い固まった。


「買った。一括で」


 対面で胡坐をかいている実親が頷く。


 実親は未成年なので不動産の売買には法定代理人である親権者――既に再婚して夫婦になっている悟と皐月――の署名捺印が必要だ。

 二人は実親が一人暮らしすることを了承していたので問題なく協力してくれた。


「い、いくら……?」


 無意識に言葉が口から漏れる。

 千歳の疑問に答えようと実親が口を開きかけるが


「い、いや、やっぱ言わなくて良い!」


 千歳は右手の平を突き足して実親が喋るのを静止する。

 値段を聞いたら同い年の自分が惨めになる気がして怖くなったのだ。


 その時、千歳を援護するかのようなタイミングでインターホンが鳴った。


「お、来たか」


 実親がインターホンのモニターを確認すると引っ越し業者であった。

 急いで玄関へと向かう。


 玄関先で業者と一言二言交わした後、次々と荷物が運ばれて行く。


「あ、彼女さんですか?」


 二階へと荷物を運び込んでいる業者の男性が千歳の存在に気付く。

 この場にいるのが実親一人だと思っていた男性は、千歳の存在に驚いて自然と言葉が口から漏れていた。


「い、妹です!」


 不意を突かれた千歳は耳を赤らめながら慌てて否定する。


「そうでしたか。失礼しました」


 勘違してしまったことに男性は段ボールを持ちながら頭を下げて詫びる。


 その後は実親が業者に運ぶ場所を指示するだけで、特にイベントは起きなかった。  

 一通り荷物を運び終えると、業者は引き上げて行く。


「それじゃ荷物を整理するか」


 実親は前髪と襟足は垂らしたままで残りは後頭部で結ぶ。所謂ハーフアップだ。

 髪で隠れていた複数のピアスが姿を現す。


「あんた髪長いよね」

「伸ばしてるからな」

「まだ伸ばしてんの?」

「ああ」


 既に肩を優に超す程の長さがあるが、それでもまだ伸ばしている途中だった。


「さっさとやるぞ」

「はいはい」


 実親に促され、千歳は溜息を吐きながらも素直に従う。


 その後はひたすら荷解きをして物を整理する。

 繰り返される作業に段々手際が良くなっていく。


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