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第3話 再婚

「仮に再婚したらお前の継母になる訳だしな。ちゃんと了承を得てからが筋だと思ったんだが……どうだ?」


 再婚すると必然的に再婚相手の女性は息子の新しい母親になるので、意思を確認しないで勝手に話を進める訳にはいかない。

 息子が成人して親元を離れているなら兎も角、実親はまだ未成年だ。尚更息子の意思を疎かには出来ない。


「良いんじゃないか?」


 実親の答えは考えるまでもなく決まっていた。


「い、良いのか?」

「うん」


 実親が間髪入れずに首肯したので悟は瞠目する。

 あまりにも呆気なく話がついてしまい、悟は拒否される可能性も考慮して事前に覚悟を決めていた自分が馬鹿らしくなった。


 母が亡くなってから既に十年も経つ。

 悟は今まで色々と苦労して来た。

 その姿を実親はずっと見て来ている。なので父が再婚して幸せになれるのなら否定する理由など何一つとして存在しない。

 少なくとも実親は自分が足枷になって父が幸せになれないのは許せなかった。


「まあ、変な人とか性格に難がありそうな人とかだと流石に勘弁だけど、親父が選んだ人なら大丈夫だろ」


 再婚には賛成しても限度はある。

 自分の継母になる女性が問題のある人物なら勘弁願いたいと思うのは自然なことだろう。友好な親子関係を築けるとは思えないのだから。


「勿論それは安心してくれ、尊敬出来る素敵な女性だよ」

「そう。なら尚更反対する理由はないだろ」

「そうか! ありがとう!」


 悟は息子が再婚を認めてくれたことに安堵する。

 若干惚気が出ているが、実親は触れないでおいた。水を差すこともないだろうと。


「それで、その人はどんな人なんだ?」


 自分の新しい母になる以上は相手の女性のことは気になる。

 尋ねずにはいられない。


 真面目な話は一段落したので実親は食事を再開する。

 話しながら食事をするのは不作法かもしれないが、男二人での食卓だ。細かいことは気にしない。


「皐月さんと言うんだが、父さんより二つ年上だな」

「ふうん。姉さん女房になるのか」

「来週皐月さんの誕生日なんだが、その日に入籍する予定だ」

「二重でめでたいけど気が早いな……」


 と言うことは来週に皐月は四十二歳になる。


 気が早いのか、息子に話すのを躊躇ったことで事前に予定していた入籍日が間近に迫ってしまったのか、一体どちらなのだろうか。 

 実親は表情に出さなかったが、心の中で苦笑していた。


「皐月さんには二人お嬢さんがいるんだ。父さんは何度か顔を合わせているが、二人とも可愛らしいお嬢さんだぞ」


 悟は皐月の二人の娘と既に交流があるようだ。

 既に二人の父親になったかのように誇らし気にしている。


「ああ、そうか。確かに向こうにも連れ子がいる可能性はあるんだよな。完全に頭から抜け落ちていた」


 父には自分がいるように、相手の女性にも子供がいてもなんら不思議なことではない。

 実親はそのことを失念していた。


「一人はお前と同い年だぞ」

「え、マジ?」

「マジだ」


 父の言葉にふと数時間前の光景が頭に思い浮かぶ。

 放課後に映画研究部の部室で自慰に耽っていた紫苑の姿だ。同い年の女性として紫苑の存在が脳裏に焼き付いていた。


「誕生日はお前の方が早いから妹になるな」


 紫苑の痴態が脳内で再生されて父の言葉に集中出来なくなる。


「もう一人は中学生だから妹が二人出来ることになるぞ」

「ふうん」


 同世代の異性と共に生活することを考えると、紫苑の時のようなトラブルが起こる可能性もある。

 そのことに考えが至った実親は、父が新たな家族との生活を良好に送れるように配慮しようと思った。


「向こうの家族はうちに来るのか?」


 再婚するなら一緒に暮らすことになる。

 勿論住まいは別という可能性もあるが、共に生活することになると考えるのが自然だろう。


「ああ。その予定だ。うちは無駄に広いからな」


 実親と悟が暮している家は持ち家だ。

 母が亡くなる前に購入した家で、将来家族が増えることも想定した上で購入している。なので二人で暮らすには広く、部屋も幾つも余っていた。


 対して再婚相手である皐月の家族は賃貸マンションで暮らしている。

 持ち家を手放すのと、賃貸マンションを引き払うのとでは、後者の方が負担がなくスムーズに行える。

 向こうの家族がこちらの家に越して来るのは賢明な判断だろう。


「なら俺は家を出るよ」

「え」


 息子の言葉に悟は驚きと焦りを浮かべる。


 それはそうだろう。

 自分が再婚すると言ったら息子が家を出ると言い出したのだ。


「俺と同世代の女子がいるなら向こうは色々と気を遣うだろうし、こっちも気を遣う」


 確かにいくら家族になったとは言え、血の繋がらない同世代の異性がいると気を遣うだろう。

 特に女性の場合は嫌かもしれない。


 故意ではなくとも着替えている場面に居合わす可能性もある。そもそも裸の時に出くわすこともあるかもしれない。

 同世代の異性がいたら折角自宅にいるのに落ち着いて生活出来ないだろう。


 メイクをしていない素顔を見られたくない、部屋着を見られたくない、だらけている姿を見られたくない、同じ屋根の下で暮らしたくない、などとマイナス面は幾らでも考えられる。


「それに家族が増えれば賑やかになるし、仕事に集中出来る環境も欲しいから一石二鳥」


 家族が増えれば必然的に賑やかになる。

 また、偏見かもしれないが、女性の方が良く喋り賑やかな印象がある。

 少なくとも男二人で暮らしている我が家よりも、女性三人で暮らしている向こうの家の方が賑やかだろう。

 男二人だと事務的な用事がない限りは殆ど会話がないのは日常だ。


 皐月達が越して来るのであれば賑やかになり仕事に集中し辛くなる。

 そもそも気を遣いながら生活するのは疲れるし、負担にもなり仕事に悪影響が及ぶ恐れもあった。


 事前に不安要素を取り除けるなら怠る理由はないだろう、というのが実親の判断だ。


「そうか。父さんはてっきり再婚が嫌なのかと思ったぞ」

「いや、それはない」


 悟は息子が表面上は認めているが、本音では再婚に反対しているのかと思った。

 新しい家族が増えるのは嫌だが、父の気持ちは尊重したいと気を遣い妥協案を提示しているのかと焦ってしまった。


 実親は慌てることなく首を振って誤りを否定する。


「後ろ向きな理由じゃなくて前向きな理由だよ」

「……そうか。それなら良かった」


 悟は安堵して溜息を漏らす。


「まあ、お前は充分な収入もあるし、生活力も申し分ないもんな」


 実親はライトノベル作家としての稼ぎがある。正直な話、会社員の悟よりも稼いでいる。収入面での心配は必要ないだろう。

 また、家事も問題なく熟せるので生活力の心配もない。


 高校生という身分でなければ誰も反対する要素がなかった。


「わかった。父さんとしては寂しいが、お前の気持ちを尊重しよう」


 息子は自分の気持ちを尊重してくれた。なので今度は自分が息子の意思を尊重すべきだと悟は思い、実親が家を出ることを認めた。

 父親としては寂しい気持ちもあるし、心配でもある。だが、何よりも自分の息子なら大丈夫だと信じていた。


「心配しなくてもちょいちょい帰って来るよ」

「そうか」


 実家を出ても二度と帰って来ない訳ではない。

 折を見て時々帰って来るつもりだ。


 悟は嬉しそうに腕を組んで二度頷く。

 息子と会えなくなるのは寂しいので、たまには顔を見せに来て欲しいと思うのが親心というものであろう。


「週末には皐月さん達と顔合わせする予定だからそのつもりでな」

「了解」


 正式に再婚する前に両家の顔合わせをしておかなくてはならない。

 実親が再婚を認めてくれたら今週末に顔合わせを行う手筈になっていた。


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