空がオレンジと濃紺のグラデーションに染まる頃、私達はこの国最後の港町『グラス』に到着した。
「海だわ! 港町に到着したのね!」
荷馬車の上から、見える町並みと海の光景にすっかり私は魅了されていた。
「リアンナ様、この町が一番気に入ったようですね」
隣に座るニーナが話しかけてきた。
「それは当然よ。だってこの海から新天地目指して、私達の新たな旅が始まるのだから。今からワクワクするわ」
すると御者台のジャンが話に加わる。
「俺は、この先何処までもリアンナ様についていきますから」
「そう? ありがとう」
「い、いえ。お礼なんていりません」
ジャンの顔が赤くなる。
「リアンナ様、勿論私もずっとお供させていただきます」
「ありがとう、ニーナ」
「カイン様は、途中で俺達とお別れなんですよねぇ?」
「え? ぼ、僕が?」
馬上のカインは突然話を振られたせいか、うろたえた様子を見せる。
そうだった。すっかり忘れていた。カインは本来、殿下の護衛騎士なのだ。今は私達の旅に同行しているけれど……本当にこの先、どうするつもりなのだろう。
「それより、もうすっかり日が暮れてしまいました。実はおすすめのホテルがあるので、今夜はそこに泊まりませんか?」
まるで話をはぐらかすようにカインが提案してきた。
「そうね、それじゃカインお勧めのホテルに案内してくれる?」
「はい、リアンナ様」
カインは笑顔で返事をした――
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カインが連れてきてくれたホテルは、海がすぐ近くという好立地条件の場所にあった。
「うわ〜窓から、こんな近くで海を眺められるなんて素敵!」
窓を開けると潮風が部屋の中に流れ込んできた。
空には大きな満月が浮かび、夜の海が月の光でキラキラと反射している。
「本当に素敵なお部屋ですね。私も気に入りました」
リーナも私と一緒に窓から顔をのぞかせてきた。
「どうですか? お気に召されましたか?」
背後からカインが声をかけてきた。
「うん、勿論! とっても気に入ったわ。何だか、1泊だけするのはすごく勿体ないと思わない」
私はこの港町が気に入ってしまった。出来れば、後数日は滞在したい。
「え? リアンナ様。だけど、俺達は追われているかもしれない身なのですよ。誰かさんのせいでね」
ジャンがチラリとカインを見る。
「確かに、
カインは「僕たち」を強調する。
「確かに、カインの言う通りではあるけれど。でもせめて2日位は滞在したかったな……だって私はこの国を出たら、もう二度と戻ってこれないのだから」
こんなに綺麗な港町にたった一泊しか出来ないなんて、勿体ない。
なのに、何故か3人は神妙な顔で私を見つめている。
「え? どうしたの? そんな思い詰めた顔しちゃって?」
「リアンナ様……なんてお気の毒な……」
ニーナが涙目で私を見つめている。
「うっく……」
驚くべきことにジャンは腕で目を拭っている。
そしてカインは……。
「確かにこの国はリアンナ様の故郷、離れがたい気持ちは理解できます。……分かりました。ご希望通り、後2泊いたしましょう。変装していれば、追手に気づかれることは無いでしょうから」
「本当? ありがとう、カインッ!!」
私は笑顔でカインにお礼を述べた。
「い、いえ。他ならぬリアンナ様の願いですから」
顔を赤らめるカイン。
こうして、私達は後2日『グラス』に滞在することが決まった。
そして、この夜……事件が起こった――