荷馬車が宿屋に到着するとカインに尋ねた。
「カイン、今夜の宿は決まっているの?」
「いえ、決まっておりません」
「そうだったの? これから宿を取るつもりだったのね?」
「……そうですね。今夜からは宿をとっても良いかもしれません」
え? 今夜からって?
カインの言葉が引っかかった。まさか……?
「ねぇ、カイン。私達の後を付けていた間、ひょっとして野宿……してたの?」
「は、はい。そうです。野宿していました。あ、でも野宿は慣れていますし、ちゃんと身体も清潔に……」
カインは顔を赤らめながら必死に説明する。
「先ほど、伯爵家だからお金はあるって言ってましたよね? それなのに、野宿していたんですか? 本当はお金なんて、ほとんど持っていないんじゃないですか?」
どこまでも敵意を露わにするジャン。何故、彼はこんなにカインに突っかかるのだろう?
「それは違うよ。別にお金が無くて野宿していたわけじゃないんだ。ただ、外で宿屋を見張っていたほうが出発されるとき分かりやすいからで……申し訳ございません、リアンナ様」
不意に申し訳無さ下にカインが謝ってきた。
「え? どうして謝るの?」
「それは……」
「殿下の命令で、私達の後をつけていたからですよね?」
不意に今まで口を閉ざしていたニーナが会話に加わってきた。
「まだそんなこと気にしていたの?」
「はい、そうです」
私の言葉にコクリと頷くカイン。
「もう、そんなこと気にしないで。でも、宿屋が決まっていないなら私達と同じ宿に泊まらない? 国を出るまでは、私達は旅の仲間なのだし。ジャン、まだこの宿の部屋は空いている感じだった?」
「ええ……空いている様子でした」
何処かむくれた様子のジャン。
「良かった、それじゃ今日から同じ宿に泊まりましょう。いいわよね? カイン」
「はい、勿論です。どうか、よろしくお願いします」
カインは笑顔で頷いた――
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――23時
「ふ〜。さっぱりした。やっぱりお湯が使えるって最高」
部屋に備え付けのバスルームから出てくると、両手足を広げてゴロリとベッドに寝転がった。
今夜は一人部屋だから、堂々と大の字になることができる。
大分資金に余裕が出来てきたので、今夜はそれぞれ一人部屋で宿泊することにしたからだ。
恐らくニーナも今頃は1人の時間を満喫している頃だろう。
天井を見つめながら、今日1日の出来事を振り返った。
それにしても……知らなかった。
あの視線の主がカインだったとは。
それに屋敷からずっと、カインが後をつけていたなんて思いもしていなかった。
彼は何も言わなかったけれども、恐らく私が頬を叩かれる姿も見ていたに違いない。
……何だか、情けないところを見られてしまった。
「でも、まぁいいか。もうあの家に戻ることはないし、カインだってこの国を出国するまでの旅に同行するだけなんだから」
カインがいれば、少なくとも国を出るまでは安心だ。
「そうだ。この世界にはボディガード的な存在はいるのかな? だとしたら、カインがいなくなった後は……護衛を……頼まなきゃ……」
この日、私は相当疲れが溜まっていたのだろう。
気づけば、目を閉じ……いつしか、深い眠りに入っていた。
カインにはどんな仕事を手伝ってもらおうかと考えながら……。
そして、翌朝。
私とニーナは意外な光景を目にすることになる――