リアンナ様たちの行動はゆっくりだった。
まるで先を急ぐ旅ではないかのように、馬車を進めているので難なく後をつけることが出来た。
あんな風に追い出されてしまったのだ。さぞかし傷ついているだろうと思っていたが、リアンナ様にはそんな素振りは一切見えなかった。
むしろ、今の状況を心から楽しんでいるように見えた。
美しいドレスを手放して、平民が着る服に着替えたときも。
装飾品を全て売払い、立派な馬車から荷馬車に変えるときも全てが楽しそうだった。
王太子妃候補として城に上がっていた時の彼女は始終気難しい顔で、いつも1人だった。
親しい人もおらず、誰とも会話をすることもなく勉強に励んでいた。
結局アンジェリカ嬢の策略により、リアンナ様は王太子妃に選ばれることは無かったけれども……。
「信じられない……本当に、あのリアンナ様本人なのだろうか……」
町中でリアンナ様の様子を伺っていると頭上から羽音が聞こえて、オスカーが肩に舞い降りてきた。
「戻ってきたのか? オスカー」
身体をそっと撫で、足首に巻かれている筒から殿下からの手紙を引き抜いた。
この国を出ていくまでは引き続き監視を続け、もし留まる様子を見せたなら即刻追い払えと書かれていた。
「殿下……それほどまでに、リアンナ様が憎いのですか……?」
ギュッと手紙を握りしめ……建物の陰からリアンナ様を見つめた――
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リアンナ様の監視を続け、僕は驚くべき事実を知った。それはリアンナ様が、まるで魔法のような不思議な力を持っているということだ。
見たこともないような楽器で音楽を奏でられたときも驚きだったが、それ以上に驚いたのが人々の前で披露した力だった。
空中に浮かんだ杖を自由自裁に操ったり、ハンカチから花を出したり、破いた紙を元通りに戻したり……そのどれもが衝撃だった。
人々から拍手喝采を浴びるリアンナ様の笑顔は、何処か神々しく……思わずその笑顔に見惚れている自分がいた。
「殿下……ひょっとすると、貴方は人選を誤ってしまったかもしれませんよ……」
気づけば、ポツリと言葉を口にしていた。
今回の件は、まだ伏せておこう。……もっとリアンナ様が城から離れてから殿下に報告しよう。
心にそう、決めた――
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あいも変わらず、リアンナ様の旅はのんびり続けられていた。そんな彼女を見て、疑問に思う。
一体リアンナ様はどういうつもりでいるのだろう?
普通なら、あれだけ酷い目に遭わされた故郷を一刻も早く離れたいと思うのではないだろうか?
訝しげに思いながらも、見失わない程度にリアンナ様の後を追った。
それは森に差し掛かった時のことだった。
遠く前方を走る馬車から、美しい音楽が風に乗って聞こえてきた。
「ん……この曲は……? リアンナ様が弾いていた曲と同じ音色だ……」
もしや、荷馬車の上で楽器を奏でられているのだろうか?
それにしても、何故こんなにはっきり音楽が聞こえてくるのだろう。これだけ距離を置けば、普通は音楽など聞こえてこないのに。
けれど、その音楽はとても美しい音色で……いつしか僕は馬上でリアンナ様の音楽に聞き入っていた。
そして、次の村で僕は驚きの光景を目にすることになる――