僕の名前はカイン・クロイツ。
22歳でレオポルト殿下の幼馴染。彼の専属護衛騎士となって3年目になる。
常に殿下のそばから離れることなく影のように付き従う。殿下の命令は絶対で、歯向かうことは許されない。
それが、僕の置かれた立場だった――
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王太子妃候補だったリアンナ様を城の出口まで送り届けると、レオポルト殿下の元へ戻ってきた。
殿下は隣りのソファにアンジェリカ嬢を座らせ、二人は楽しげに会話をしている最中だった。
「殿下、リアンナ様を城の出口まで送り届けました」
「ああ、そうか。ご苦労だったな。それにしてもよくも図々しく城に来れたものだ。普通なら恥をかきたくないと欠席するのが筋だろう? 本当におかしな女だ。それとも、ギリギリで俺の気が変わるとでも思ったのかな?」
するとアンジェリカ嬢が殿下にしなだれかかった。
「そんなふうにおっしゃられてはいけませんわ。仮にもリアンナ様は名門侯爵家ではありませんか」
「アンジェリカ、やはりそなたは優しいな。あれほどまでにありとあらゆる嫌がらせを受けておきながら、まだあの女を庇おうとするのだから。だがな、あの女は侯爵家とは言っても、名ばかりなのだ。何しろ、家族から疎まれているのだからな」
「まぁ、そうなのですか。それはお気の毒に……」
アンジェリカ嬢は同情の眼差しをするが、それは演技だ。
第一リアンナ様が実の家族から蔑まれ、疎まれていることは少し名の知れた貴族であれば誰もが知っていることなのだから。
大体、アンジェリカ嬢がリアンナ様に虐められている現場など見たこともない。
恐らく次期王太子候補に自分が選ばれるために、アンジェリカ嬢が嘘をついているとしか思えなかった。
「もうよそう。あの女のことを思い出すだけで不愉快だ。何しろ次期王太子妃はアンジェリカに決まったのだからな。あのような悪女を誰が選ぶものか」
殿下は随分以前からリアンナ様のことを嫌っていた。
それはリアンナ様の評判が非常に悪かったからだ。だが、家族から迫害されている話は事実。
殿下に命じられ、一時リアンナ様に張り付いて監視していたことがあった。
その時、僕は知ってしまったのだ。
リアンナ様が屋敷内でどれだけ理不尽な扱いを受けていたのかを。そんな目に遭わされたら、性格だって歪んでしまうのは当然だろう。
だが……。
「殿下……先程のリアンナ様の様子を見て、何か妙だとは思いませんでしたか?」
「妙だと? あの女が妙なのは今に限ったことではないだろう? 常日頃から何かにつけて俺に纏わりつこうとして……本当に鬱陶しい女だった」
殿下の言葉には憎悪が込められている。
「いえ、そういう意味ではなく……城に現れたときと帰るときとでは、まるで別人のように性格が変わっていたものですから」
「ふん! そんなのは演技に決まっているだろう!」
「カイン様、一体何が仰りたいのです?」
アンジェリカ嬢も尋ねてきた。
「自分でも良く分かりませんが……ご自身が王太子妃に選ばれなかったことにより……ショックでどうにかなってしまわれた気が……」
「確かに、妙な雰囲気は俺も感じたな。もしかすると何かよからなぬことを企んでいるのかも知れないし……よし、カイン。今から先回りしてマルケロフ家に迎え! そして俺に築一報告しろ! そうだな……状況によっては暫く張り込んでもらうか。伝書鳩を連れて行け」
「オスカーをですか?」
「当然だ。分かったならさっさと準備をして迎え!」
いくら殿下の命令とはいえ、人を監視するのは気が進まなかった。しかし、僕は逆らえる立場にない。
「……分かりました、すぐにマルケロフ家へ向かいます」
こうして僕は伝書鳩のオスカーを連れてマルケロフ家に先回りすることになった。
まさか、あんな光景を目にするとは思いもせずに――