青空の下――
荷馬車は次の町目指してゆっくり、でも着実に進んでいた。
途中、湖畔でお昼休憩を挟んで小一時間休憩すると再び私達は馬車に乗り込んで旅を続けた。
「ジャン、次の町には後どれくらいで着きそう?」
「そうですね……多分16時前には到着できると思います」
手綱を握りしめながらジャンが返事をする。
「ジャンは道に詳しいのね〜」
「ええ。何しろ俺は庭師ですから、いろいろな町に仕入れに行っていましたからね。お任せ下さい」
「それは頼もしいわね。それじゃ、次の町で今夜は宿をとりましょう。のんびり行きましょうよ。のんびり」
するとニーナが心配そうに声をかけてきた。
「あの……リアンナ様。のんびり進んで大丈夫なのでしょうか? 次の町もマルケロフ家の領地ですけど?」
「え? そうだったの?」
いったいマルケロフ家は、どれだけ広い領地を持っているのだろう?
「そう言えばそうだった……どうします? リアンナ様。次の町は通り過ぎて行きますか? 恐らく夜までにはもう一つ先の町に到着できると思いますけど。でも俺はリアンナ様の考えに従いますよ」
「そうねぇ……」
私は少しだけ考え……。
「やっぱり、次の町で宿をとりましょう」
「え? よろしいのですか?」
ニーナは目を見開く。
「うん。第一、考えてみれば別に私はお尋ね者というわけじゃないしね。確かに二度と戻ってくるなとは言われたけれど、追われているわけじゃないから大丈夫でしょう」
それに、次の町で滞在したいのには理由があった。
「まぁ、確かに言われてみればそのとおりですね。ではこのまま進みますね」
そして馬車は、そのまま次の町へ向かって進み始めた――
****
――16時少し前。
ジャンの話していた通り、次の目的地の町に到着した。
「まず馬車を預かってくれる宿屋を探しましょう。最初に宿を手配するのが旅の鉄則だと思わない?」
御者台に座るジャンに声をかけた。
「それなら良い宿がありますよ。この町は何度か来たことがあるので任せて下さい」
「いいことジャン。仮にもリアンナ様が泊まる宿なのだから、いい加減な宿を案内したら承知しないからね」
「分かってるよ。全くニーナはうるさいな」
「アハハハ。本当に二人は仲が良いのね」
「「どこがですか!?」」
私が笑うと、二人は同時に侵害だと言わんばかりに声を揃えた――
****
ジャンが案内した宿屋は町の中心部にあり、白い壁に2階建ての中々立派な造りをしていた。
宿屋の男性オーナーはジャンの知り合いというだけあり、すぐに私達の為に部屋を用意してくれたのだった。
「リアンナ様、この後はどうするつもりですか?」
部屋で荷物整理をしていると、ニーナが尋ねてきた。
今夜も宿代を浮かすために、私達は同じ部屋に泊まることにしている。
「そうね。実は、髪を切ろうかと思っているの。だから美容院に行きたいのよね」
この世界でも美容院という言葉があるのか分からないが、とりあえず言ってみた。
「え? 髪を切られてしまうのですか!? リアンナ様、とても髪を大事にされていたではありませんか」
ニーナが驚いたように目を見開く。
「う、うん。そうだったかもしれないけれど、これから旅を続けるのには長い髪はさすがに邪魔でね」
リアンナの髪は腰にまで届く程に長い。
コレでは洗うのも大変だし、なによりこの世界にはドライヤーというものがないので乾かすのも一苦労だ。バッサリ切ってしまった方が良いに決まっている。
それに、これほど長く美しい髪なら……ひょっとすると高値で引き取ってもらえるかもしれない。
「それでは私も御一緒いたします」
「え? でもニーナ、疲れているんじゃないの?」
私の用事にニーナまで付き合わせるのは何だか気が引ける。
「いいえ、そんなことありません。私はリアンナ様の専属メイドなのです。どこまでもお供いたします」
「そう? それじゃお願いしようかな?」
「はい、では隣の部屋のジャンに伝えてきますね!」
ニーナは急ぎ足でジャンに伝えに行くと、直ぐに部屋に戻ってきた。
「リアンナ様。ジャンに伝えてきました。それでは美容院へ行きましょう」
「うん、行きましょう」
2人で部屋を出てフロントに部屋の鍵を預けると、私達はホテルを出た。
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「良かったですね、リアンナ様。ホテルの人が、美容院の場所を知っていて」
2人で並んで町の中を歩きながら、ニーナが声をかけてきた。
「お陰で探す手間が省けたわ。それにしても、この町も大きいわね〜大勢人も歩いているし」
「色々なお店も立ち並んでいますよね〜」
「そうね……ん?」
その時、背後で視線を感じて振り返った。
大勢の人が通りを行き交ってはいるものの、私を見つめる怪しい人影は無い。
「あれ……? 気の所為だったかなぁ?」
「リアンナ様、どうかされたのですか?」
「ううん。何でもない。早く美容院へ行きましょ」
「はい」
私はニーナを促すと、美容院へ向かった。
今も背後から感じる視線を振り切るように――